KDDIが5月14日に発表した2025年3月期の決算は、16.3%増の1兆1187億円という大幅な増益を達成した。松田博路社長はこの好調な決算を背景に、「単なる通信会社から、通信を軸に多様な価値を提供する企業への進化」を加速させる方針を示した。
来期(2026年3月期)の成長見通しでは、これまでの2%台の売上成長から7%へと大幅に加速。この成長の原動力として、松田氏は「つなぐチカラの進化」と「デジタルデータ×AIによる新たな価値創出」という2つの軸を中心に据えた。
売上高は5兆9180億円(前期比2.8%増)、営業利益は1兆1187億円(同16.3%増)、当期利益は6857億円(同7.5%増)と増収増益を達成。来期の2026年3月期は売上高6兆3300億円(前期比7.0%増)、営業利益1兆1780億円(同5.3%増)と、売上成長率の大幅な加速を見込んでいる。
モバイル通信に関する主要指標も堅調に推移した。新たに定義した「モバイル収入」は1兆8501億円を記録し、ARPUは総合ARPUが5300円(前期比+100円)、付加価値ARPUは1340円(同+100円)と着実に上昇。
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累計回線数は主要回線(スマホ+IoT)が8340万契約と前期末から約913万契約増加し、うちスマートフォン稼働数は3287万契約(前期末比+57.8万契約)、IoT回線が5052万回線(前期比+855万回線)と大きく伸長した。
ブランド別のARPU成長では、auが前年比+3.2%、UQ mobileが前年比+4.2%と堅調な伸びを示している。5G契約浸透率は78.4%(前期末比+11.2ポイント)まで上昇し、端末出荷台数も605万台(前期比+31万台)と堅調に推移している。
●ソフトバンク宮川社長の批判に松田氏が反論 通信優先制御に「犠牲」はない
決算会見の質疑応答では、松田氏はソフトバンクの宮川潤一社長の批判的発言への見解を問われる一幕があった。
宮川社長は5月8日の決算会見で、KDDIが前日(5月7日)に発表した「auバリューリンクプラン」と既存プランの値上げを念頭に置き、「要らないものが付いてきて値上がりした」「優先接続ができるかなと言いながら、他のお客さんが犠牲になるような」サービスではなく、「(ソフトバンクは)お客さんが納得してもらえるサービスを目指す」と発言していた。
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これに対し松田氏は、技術的な観点から反論。「5Gの進化に向けては、通信の持つ力をさらに進化させていかなければならない」と述べ、「ネットワークスライシングや、いろいろなテクノロジーをしっかりと実現していかなければならない」と技術革新の必要性を強調した。
松田氏が言及した優先接続サービス「au 5G Fast Lane」は、現時点では完全なネットワークスライシングではなく、混雑時に特定ユーザー向けに無線リソースを優先的に割り当てる技術だ。将来的には5G SA(Stand Alone)の普及により本格的なネットワークスライシングが実現する見通しだが、KDDIはその前段階として通信品質の差別化という価値を先行して提供する戦略を取っている。
松田氏は鉄道の比喩を用いて「急行列車もあるけど、特急列車もある」と表現。「その他のお客さまの体感が悪くならない前提で、よりいいものを作る」という点を強調し、宮川社長が懸念した「他のお客さんが犠牲になる」という指摘は当たらないとの見解を示した。
●料金値上げで「循環経済の好循環」を目指す
KDDIが5月7日に発表した料金値上げとドコモの先行するプラン改定など、業界全体における携帯料金の値上げトレンドについても質問が出た。
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松田氏は「循環経済の好循環」という考え方を示し、「業界全体として持続的な成長が必要だということは、(他社も)同様の意見だったと捉えている」と語った。
世界的な物価高の中で建設会社や代理店への対価、電気代の上昇などコスト増加を理由に挙げ、「価値ある対価をいただき、パートナーに還元し、未来への再投資を行う好循環を実現する」という考えを示した。電気代や人件費は2023年度以降に約10%上昇していると具体的な数字も示した。
この値上げに対となるサービス拡充の動きについて、松田氏は「われわれならではの価値の作り方」を行うと強調。先日発表した新プランでは3つの通信価値(au Starlink Direct、au 5G Fast Lane、au海外放題)を含む5つの付加価値サービスを提供することで「通信品質と付加価値」による新たな差別化を図る戦略を明確にした。
こうした戦略を反映し、KDDIは決算報告で「モバイル収入」という新しい定義を導入した。これは2026年3月期から適用される指標で、「au、UQ mobile、povoの通信料収入(沖縄セルラーを含む)に加え、補償収入・コンテンツ収入など、さらに他社からのローミング収入を含む」という幅広い収益を一体的に計測するものだ。
松田氏は「通信と付加価値一体での提供を進めていくことで、さらに成長を見込んでいく」と述べ、この指標を軸に今後の戦略効果を測定していく考えを示した。
2025年3月期のモバイル収入は1兆8501億円を記録(前期比0.71%増)した。2026年3月期はモバイル収入で約300億円の増収を見込んでいる。
●“先手必勝”を実践した衛星直通通信
KDDIは4月に衛星直接通信を「au Starlink Direct」として他社に先駆けて先行投入し、既にSMS・位置共有・緊急速報がスマホ単体で利用できる環境を整えた。5月7日にはUQ mobileや他社ユーザーも利用できるSIMでの提供も開始した。
au Starlink Direcetの対応端末は6月までに約800万台規模へ拡大し、ゴールデンウイーク期間は1日あたり4万人が利用するなど初速も好調だ。
松田氏は質疑応答で「(衛星直接通信を)現在でもう提供できることが大きな差別化」と明言し、圏外エリア約40%をカバーする意義を強調した。
一方、競合各社は2026年を商用化ターゲットに掲げる。ソフトバンク宮川社長は決算会見で「準備は整った」と言及、NTTドコモも前田義晃社長が2026年度に提供を開始すると発言している。楽天モバイルはAST SpaceMobileのLEO衛星と組み2026年後半の導入を見込む。
市場が“空の基地局競争”へ突入する中で、KDDIは先に始め、端末普及を進めること自体をアドバンテージとしている。衛星接続を標準機能として浸透させることで、災害対策や山間部・離島の需要を先取りする構えだ。
●マルチブランド戦略の再設計 3ブランドの明確な差別化
KDDIはマルチブランド戦略も再設計する。松田氏は「各ブランドの魅力あるプランを展開し、auの魅力化による解約率の改善とUQ mobileとpovoの間のブランド間の移行をフラット化していく」と語った。
各ブランドのポジショニングも明確にした。auは「メインブランドとしての安心安全の価値を体現」、UQ mobileは「シンプルでお得を追求するエントランス」、povoは「オンライン専用で自由にトッピングできる」とし、3つのマルチブランドで幅広い顧客ニーズに対応する方針を示した。
具体的には、auは5月7日の改定で「バリューリンクプラン」「使い放題MAX+」を中心に、通信使い放題や渡航先での安心につながる価値をプランに組み込み、UQ mobileでは「コミコミプランバリュー」「トクトクプラン2」という2プラン構成に集約した。
Pontaパスについては、10月の提供開始から「純増21万会員」と好調な滑り出しを見せており、「次期は純増100万会員を目指す」と意欲を示した。ローソンとの連携が奏功し、Pontaパスの特典利用者は延べ2500万人に達している。
松田氏はローソンが今期創立50周年を迎えることに触れ、新経営方針「ローソングループチャレンジ2030」に向けて「テクノロジーをはじめとしたご支援をお約束したい」と述べた。
●「つなぐ力」の進化を加速、5G「HPUE」の導入で通信品質向上へ
KDDIは通信品質の優位性を数字で示した。5G基地局は10万局を超え、うちSub6・ミリ波基地局は5万局超と国内最多を誇る。また松田氏は「通信の品質にこだわってきた」成果として、Opensignalによる「つながる体感」世界評価で6部門中3部門で世界1位、日本市場では全18部門のうち13部門で最多受賞を獲得したことを強調した。
この「つなぐチカラの進化」戦略の一環として、松田氏は「HPUE」(High Power User Equipment)技術の積極導入についても言及。HPUEはスマートフォンなどの端末の送信出力を高めることで、基地局から離れた場所でも安定した上り通信を実現し、サービスエリアを拡大できる技術だ。
特にソニーの「Xperia 1 VII」(6月発売予定)がこのHPUE機能に対応することを紹介し、「5Gの高周波数帯の電波は空間や遮蔽(しゃへい)物による減衰が大きいため、こうした技術革新が重要」と説明。2024年に整備された電波関連法令を活用し、5Gエリアの品質向上を実現する方針を示した。
松田氏は「お客さまからのご期待と信頼は本業である通信にかかっている」との認識を示し、「基地局の整備だけでなく、端末側の技術革新も含めた総合的なアプローチでサービスの土台となる通信を磨き上げていく」と決意を表明した。
●「データ×AI」による価値創出 AIマーケットと大阪AIデータセンター
松田氏はKDDIの今後の成長戦略として、「デジタルデータとAIを掛け合わせた新たな価値創出」を掲げた。約40万社の法人顧客との接点や業種ごとのナレッジを生かし、「リテール」「ロジスティクス」「スマートシティ」などの分野で業種別ソリューション提供を強化する方針だ。
「AIマーケット」構想については、「スマートフォン黎明(れいめい)期に『auスマートパス』でアプリを取り放題にしたように、AIでも同様のプラットフォームを構築したい」と説明。「お客さまが『AIって何がうれしいのかな』と思うときに、アプリケーションを集め、ここに集まるパートナー様にも成長していける環境を構築したい」と意欲を示した。
さらに、RCSを活用したAIチャットbotも近日中にリリース予定であると述べた。
大阪のAIインフラとして、シャープ堺工場跡地を活用した「大阪AIデータセンター」に言及。「2025年度中の本格化を目指し、夏頃からテストを開始する」と述べ、Geminiを国内データ主権の下で提供できる体制を整えるとした。「Google CloudやGeminiの環境に慣れた方には、既存の環境の上でお使いいただける」と、自国のインフラを用いたソブリンAI環境構築に意欲を示した。
●IoT累計回線数は5052万回線に
ビジネスセグメントでは、高成長が期待されるグロース領域に注力する方針を示した。IoT累計回線数は5052万回線(前期比1000万回線増)に達し、2026年3月期は5750万回線への拡大を目指す。PC向けの「ConnectIN」サービスを1月から開始し、「エンドユーザーに月々の通信料金を意識させることなく利用できる」と訴求。「今後のPC市場成長の期待が高い商品」と位置付けている。
データセンター事業では、欧州でのコネクティビティナンバーワンに加え、タイでは開業2年で国内ナンバーワンの地位を確立したと説明。「データセンター事業は引き続き売上高2000億円を目指し、基盤強化を続ける」と松田氏は述べた。
セキュリティ分野では、NECとの提携によるサイバーセキュリティ基盤構築を進める。「純国産のサイバーセキュリティナンバーワンブランドを共同構築する」と意気込みを示し、「日本企業の海外拠点を攻撃者から守り、日本企業の海外進出を支援したい」と語った。「AIの進化によって言語の壁も超えてボーダーレスになってきている」サイバー攻撃への対応強化を訴えた。
●高輪新本社移転と未来への投資
松田氏は2025年夏に移転予定の高輪新本社について「つなぐチカラを進化させ、ワクワクする未来を発信し続けるコネクタブルシティー」というコンセプトを説明。KDDIグループだけでなく「お客さまやパートナーが集い、新しいアイデアを出し合い、試行錯誤する街」を目指すと述べた。
具体的には、高輪新本社に「リアルテックコンビニエンス1号店」として「未来のコンビニ」を開業し、JR東日本との取り組みによるスマートシティーの事例を積み重ね、「こうしたソリューションをWAKONX(ワコンクロス:日本の強みを生かしたビジネスプラットフォーム)として展開していく」との構想を示した。
また、社員の働き方変革や「KDDI版ジョブ型人事制度」をより推進し、「“夢中に挑戦できる会社”の実現」を目指すことも強調した。
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