その採用、大丈夫? 日本にも広がる「民間企業のスパイ活動」

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2025年06月13日 08:21  ITmedia ビジネスオンライン

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極秘調査の裏側とは? 企業インテリジェンスの現場

 近年、日本企業が情報を盗まれるケースが後を絶たない。携帯電話の液晶技術や通信機器が外国勢力に狙われたり、工場の金型などから先端技術の試作品が持ち出されたり、化粧品や食品関係の企業秘密が盗まれたという話もある。中国企業関係者に日本企業が乗っ取られたとされる事例もある。


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 また昨今では、M&Aやビジネス提携、共同開発などをはじめ、幹部のリクルートや新規採用でも、国内外の企業やビジネスパーソンが入り交じることになり、企業にとって大きなリスク要因になっている。


 そうした情報を収集・分析できる「インテリジェンス」を喉から手が出るほど欲しいという企業は多いだろう。さらに、競合についての分析情報も手に入るなら欲しいはずだ。


 最近、そんなスパイさながらの情報活動を担う、企業インテリジェンスを提供するサービスが日本でも注目されているのをご存じだろうか。


 筆者は今回、企業インテリジェンスの分野で世界をリードする米国企業、クロール(Kroll)の日本支社長に取材した。企業インテリジェンス分野は日本ではまだなじみが薄いが、世界では当たり前のようにビジネスに組み込まれ、不可欠な存在になっている。


 そこで、さまざまな分析情報を企業などに提供する企業インテリジェンスの実力を探ってみたい。


●どのような依頼で、何を調査するのか


 まず、企業インテリジェンスとは、一体どういうものなのか。クロールに多く寄せられる依頼の一つが、M&Aや協業、投資などの相手企業の徹底調査だという。


 企業の財務情報などを精査するのは言うまでもないが、そこからさらに、その企業にどのような評判(レピュテーション)があるかも調査する。かなりディープに内部や関係者の証言を収集するだけでなく、SNSなどでどのような声があるのかを調べ、悪評があるなら誰がそれを流布しているのかまで調べ上げる。


 企業や政府関係機関への投資の場合、投資先や担当者らに何らかのリスク要因が存在しないかを調べるケースも少なくない。協業相手についても調査が行われる。例えば、過去に行政処分などを受けていないか、メディアでスキャンダルが報じられていないかといった情報も集める。


 クロールは、世界34カ国で約6500人の専門家やエージェント(調査員)を抱え、日本支社でも日本企業のために精鋭チームを編成し、いわゆるヒューミント(人的スパイ活動)を行う。


 日本支社長の山﨑卓馬氏は「調査を行うエージェントは、日本国内と海外で法執行機関や公安組織、軍などのネットワークを持っており、法律税務会計の専門家、メディア関係者、戦略コンサルタントなど、さまざまな分野に精通した専門家たちです」と説明する。


 そのようなエージェントが「複数の情報ソースからファクトを精査して、依頼企業の意思決定を支援しています」と、山﨑氏は言う。山﨑氏自身も、大手企業で国際的なM&Aやその後のPMI(経営統合)などに従事してきた。日本でも数少ない、企業リスク管理と危機対応、企業インテリジェンスの専門家として日本支社を率いている。


 こうした精鋭たちが、企業の依頼に応じてさまざまな現場でインテリジェンスを収集する。要するに、ビジネス分野で活躍する「民間スパイ」のような人たちだと言えそうだ。


●「採用する人物に問題はないか」を洗い出す


 最近日本では、経済安全保障への対策意識が高まっているが、そんな時代だからこそ、企業は自分の身を自分で守る体制を構築することが重要だ。さもないと、下手すれば水面下でリスクが進行してビジネスの根幹が揺らぎ、死活問題になる。


 実際に冒頭で述べたように、ここ数年だけを見ても、知的財産を盗まれるケースは多い。報道などで表沙汰になったトラブルは氷山の一角で、今この瞬間も、外国勢からターゲットにされている日本企業は少なくないだろう。クロールはそうした企業活動に潜むリスクを洗い出していく。


 例えば、企業人事に関する調査依頼も引き受けているという。通常の雇用プロセスにおける身元調査に始まり、社外取締役を据える場合に候補者の素性を調べる依頼も少なくない。表に出ている経歴では分からない人物評を探っていくのだ。過去に起こした問題やこれまでの職場での評判まで拾い上げる。


 加えて、日本のビジネス界では反社会的勢力との付き合いはご法度だ。ビジネスの相手や雇用者が、反社会的勢力と付き合いがある可能性もある。「外部から雇おうとしていた重要幹部候補が、表向きは問題ない人材なのに、実は歓迎できないような人たちと深い付き合いがあったというケースも実際にあります」(山﨑氏)


 また、日本企業が海外に進出する場合のリスク対策も実施している。山﨑氏は「日本企業が海外現地法人を作る際にも、現地採用する幹部たちすべての経歴や素性を洗い出します」と言う。


 さらに、世界のネットワークを通じて、地政学的な分析も行っている。デジタル機器を解析するデジタルフォレンジック調査も実施し、それをヒューミントに取り込んで調査するという。


 最近、フジテレビにおいて、タレントの中居正広氏を巡って大変な騒動になったが、そういったトラブルが表面化した企業の内部調査や周辺調査も行うという。フジテレビのケースでも、クロールが調査したならば、関与した人物の素性や評判の情報を独自のルートで集め、会社の体質を深く調べた可能性がある。第三者委員会のような動きをすることもあるという。


●経済を守ることは、国を守ること


 ここまで見てきた以外にも、厳しいビジネス環境で勝ち残っていくために、「企業がビジネス戦略を立てる際に理解しておきたい競合の情報も、不正競争防止法に抵触しないよう細心の注意を払いながら、インテリジェンスを提供しています」と、山﨑氏は言う。実は、そのような依頼が増えているという。


 海外では、企業が円滑にビジネスを行っていくために、こうした企業インテリジェンスの会社が水面下で支えるのが常識だ。日本でも一部大手企業において、大金が動くM&Aなどの際にこうした企業を使うことがあるが、まだ諸外国のように一般化していない。


 企業インテリジェンスは、映画に出てくるスパイ組織のように見えるが、山﨑氏いわく「違法な手段を使った情報収集などの活動は決して行いません」。本社が米国にあるだけに、事業におけるコンプライアンス意識は非常に高い。


 筆者が3月に取材した、最近まで米CIA(中央情報局)で働いていた元幹部はこんなことを言っていた。「国家においては軍、日本なら自衛隊が国を守る存在であるが、実は本当の意味で国家を支えているのは経済だということを忘れてはいけない。経済を守ることが国を守ることになるのです」


 つまり、経済活動が国家の基盤であり、そこをライバル国などは狙ってくる。だからこそ、経済活動を守らないと国は衰退していく。


 日本も例外ではない。山﨑氏は「まだ日本企業は、インテリジェンス分野での収集能力が乏しいといえます。社内に情報を扱うエキスパートがいない場合が多く、プロフェッショナル(専門職)も少ない。まだ感度が低いと感じています」と指摘する。


 日本国内での成長のみならず、世界と肩を並べていくためにも、日本企業はビジネス分野におけるインテリジェンスを活用していくべきではないだろうか。


(山田敏弘)



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