視野を2.5倍にするレンズは「あと一息」──ViXionに聞く大径化と“オートフォーカス眼鏡”実現への道筋

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2025年06月14日 07:30  ITmedia NEWS

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ViXionの南部誠一郎社長

 今、プラモデルや電子工作が趣味の人や歯科医師など、手元で細かい作業をする人達の間で、密かに注目を集めている電子機器がある。人の眼の代わりにピント合わせをするメガネ型のウェアラブルデバイス「オートフォーカスアイウェア」だ。


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 これを掛けると、例えば老眼の人が手元のスマホに視線を移しても、すぐにピントが合ってはっきり見える。悩んでいる人には“夢のメガネ”といえるかもしれない。


 ただし、現在はレンズ径が小さく視野が狭いためメガネの代替にできない。“アイウェア”と称しているのも、一般医療機器である眼鏡と区別しなければならないためだ。


 オートフォーカスアイウェアを手がけるのは、メガネレンズ大手のHOYAから2021年に独立したViXion社(ヴィクシオン、東京都中央区)。6月5日に市販を開始した新モデル「ViXion01S」は、従来機より普通のメガネに近い外観でピント合わせの精度も向上したが、使用している液体レンズ(リキッドレンズ)の大きさは従来機と同じだ。


 同社は従来機の発売前から「将来のレンズ径拡大」を目指すと公言していたが、現状はどうなっているのだろうか? ViXionの南部誠一郎社長に詳しい話を聞いた。


●視野を2.5倍にするレンズは「あと一息」


──前回の取材時(23年6月)に「今後1〜3年のうちに現在より大きなレンズを使った製品を投入する」とおっしゃっていました。あれから2年。現在の状況を教えてください


南部氏:現在は開発を進めており、製品化のメドは立っていて、プロトタイプもできています。詳しい市場投入時期は言えませんが、そう遠くない将来、今回のViXion01Sに搭載可能な形で提供します。ViXion01Sは、そのような設計になっています。


 今は量産に向け、(レンズの)透明度や揺れなど、一番ユーザーが気になる部分について詰めています。レンズメーカーと原材料の配合テストなどを進めていて「あと一息かな」といったところ。2年前の想定からそう大きく乖離(かいり)することなく市場投入できるとみています。


──レンズはどのくらい大きくなりますか?


南部氏:現在のレンズは5.8mm(径)ですが、ターゲットは9mmです。径では3mmほどの拡大ですが、視野角は2.5倍以上になります。例えば、今お使いのノートPC(13インチMacBook Air)くらいなら、まるっと視野に収まると思います(※)。


※現在のViXion01Sでは、キーボードに手を置くとディスプレイ中央はよく見えるが、画面の四隅がぼんやりと黒い円形の視野になる


──実用性は高くなりそうですね


南部氏:ユーザー層も広がるとみています。現在は細かい作業をされる方が中心ですが、より一般化して、日常的に目を酷使する人たちにも適した製品になると考えています。


南部氏:研究段階ではありますが「Auto PD(pupillary distance:瞳孔間距離)」機能の開発も進めています。人の眼は、近い場所を見るときは寄り目になり、遠くを見るときは外側に瞳孔が動きます。しかし、レンズが小さいViXion01/01Sでは、ユーザーが都度、手で調節しなければなりません。


 Auto PD機能は、その時の焦点距離に応じて自動で瞳孔間距離を変えます。例えば顔を上げたタイミング(=遠くへ視線を移した時)で自動調節してくれるような形を想定しています。


 本当はレンズが大きくなればAuto PDは必要ありません。われわれの目指すところは「今のメガネと同じように使ってもらえる」ことなので、いずれは必要なくなる技術ではありますが、過渡期にはそういった工夫も必要ではないかと開発メンバーと話しているところです。


──Auto PDはすでに動いているのですか?


南部氏:動かす技術自体は完成していますが、製品に組み込んだ時の重量バランスや消費電力、コストの問題などを検証していかなければなりません。われわれの製品は、まだ手軽に買える価格帯ではないと認識していますし、Auto PDを追加すると、どうしてコストが上がってしまいます。


 まずは動くプロトタイプを作り、価格の上昇を上回る利便性を提供できるのか検証します。次のレンズ開発が完成した後、次世代モデルに組み込んでいければと考えています。


──それは、9mm径のレンズではまだAuto PD機能が必要という判断ですか?


南部氏:それもやってみなければ分からない状況です。今はプロトタイプの数が極めて限られていて、われわれもあまりテストができていません。今後、技術的検証を重ねていくことになるでしょう。


 ViXion01を購入された方からは「仕組み自体は良くできているから、レンズを大きくしてくれ」とよく言われます。待ち望まれていることは重々承知していますので、そこに全力投球していきます。


●数年の内に“オートフォーカスメガネ業界”ができそう


──コア技術であるリキッドレンズ(※)を作っている企業とはどのような関係なのでしょう


※リキッドレンズ(液体レンズ)は、電子的に液体材料の厚みや形状を変え、光屈折率を変化させて焦点距離を調節する光学デバイス。現在の用途はカメラやコードリーダーなど産業用途が中心


南部氏:レンズのメーカーはもともとフランスの会社で、今は米国企業に買収されたと聞いています。以前から特殊なレンズを作っていて、既存のレンズをわれわれが流用して製品を作ってきた経緯があります。われわれはHOYAが出身母体で、レンズメーカーと資本関係はありません。


──レンズメーカーもメガネの代替を目指しているのでしょうか


南部氏:いえ、彼らは工業製品に組み込む用途で開発していて、このレンズをメガネに使う想定は全くしていなかったようです。われわれがコンタクトを取ったときには驚かれました。


 弊社の内海(取締役開発部長の内海俊晴さん)がこのレンズのことを知っていて、試しに試作機を作ってみたらちゃんと動いたんです。そこでメーカーに「弱視の方に向けた製品を作りたい」と相談にいったところ、非常に喜んでくれて。「われわれは考えたことはなかったけれど、非常に可能性を感じる。ぜひ協力したい」と言ってもらえました。レンズの大径化についても密に協力しています。


──リキッドレンズを使ってメガネの代替を目指している企業は他にもいくつかあると聞いています。ViXionは製品化においてリードしている、という認識で合っていますか?


南部氏:リードというと、ちょっと気恥ずかしさはありますね。というのも、他社さんはもっとレンズを大きくしてから製品化しようと考えているか、あるいはメガネのメーカーというよりレンズシステムのサプライヤーを目指しているのではないかとみています。ですから、われわれが先行しているという意識は正直ありません。


 われわれの場合は「まだ課題のある製品だけれど、これでも困っている人たちの不便を少し解消できる可能性があるのなら、それはそれで出していこう」という考え方です。歯科医さんなど細かい作業をする人の中には「これを待っていたんだ」と言ってくれる人たちがいますので、その期待に応えていきます(歯科医師向けに特化した製品も計画中)。


南部氏:ただ、いざ製品を出してみると、意外と万人受けする可能性もあるということもみえてきました。例えば、老眼になると細かい作業はしづらくなります。そのために、今まで楽しみにしていた趣味ができなくなってしまったり、あるいは仕事のパフォーマンスが下がってしまったり──そんなユースケースが山ほどあったんです。そういったユーザーの皆さんの声をどれだけ製品に盛り込んでいけるか、そこに挑戦しているところです。


 皆さんが待っているのは「遠いところも近いところも自分の目のように見える製品」です。われわれのようにオートフォーカスアイウェアを出す企業は今後もっと増えていくでしょうし、国内でも例えばフレネル液晶レンズを使って「度数が変わるメガネ」を作っているElcyo(エルシオ)さんのような会社もあります。他にも異なる仕組みの液体レンズを作ろうとしている海外の企業もあります。


──競合というより、当面は一緒に市場を作っていく仲間になりそうですね


南部氏:その通りです。各社それぞれ研究開発段階で、つまりは「皆、もっとうまくやらなければならない状況」です。切磋琢磨して技術水準を上げ、今後“オートフォーカスメガネ業界”というものができると思います。


──それは、いつ頃の話になるとみていますか?


南部氏:5年以内には、いわゆるメガネ・コンタクトレンズ市場の中の1カテゴリーとして、一定の市場が形成され始めるとみています。オートフォーカスメガネは、通常のメガネよりも課題の多い方が使うものとして、通常のメガネと併存していくことになるでしょう。


 また、医学的検証が必要ですが、オートフォーカスメガネは近視の抑止・抑制効果があるのではないかとも言われています。臨床研究をして、いずれ医療機器として展開する選択肢もあるかもしれません。(近視が社会問題化している)お隣の中国では、近視を回避したい、進行を止めたいという大きなニーズがあり、そこに食い込む余地もあると考えています。


──発表会ではヘルスケア分野への展開も挙げていました


南部氏:はい。例えば、ViXion01Sを試す前にキャリブレーション(ハードウェアをユーザーに合わせて初期設定すること。ViXion01Sではレンズの度数も分かる)を行ったと思います。あれは最初に1回行えば良いものですが、実は目がフレッシュな状態の朝と、疲れ気味の夜では結果に差が出ます。


南部氏:こうしたデータを長期で取ると変化がみえます。結果が悪くなった場合、それが疲れ目による一時的なものか、長期的に目が悪くなっている途中か、あるいは疾患が発生して視力が下がった可能性も否定できません。そこでデータの変化率のようなものを捉え、見つけた場合にアプリ上でアラートを出して眼科での検査を勧める──そんな機能を将来的に実現したいと考えています。


 以前、眼科医の方に話を聞いた時、目の病気が進行してから来院する患者さんが多いと悩まれていました。しかし目の病気は早期に介入するとちゃんと直せる可能性も高いです。であれば、早期発見という点でわれわれの製品がお役に立てるかもしれません。


 もちろん医療の世界の話ですので、われわれ単体でサービスを行おうとは考えていません。今は医師の方に説明して理解を得たり、学会の人に話を聞いてもらって協力したりといったプロセスが大事だと思っています。まだ会話レベルではありますが「すごく良い」とポジティブに捉えられていて、非常に良いリレーションを築くことができています。


──具体的に共同研究などの予定はありますか


南部氏:まだ詳細はお話できませんが、ある大学の先生とは具体的なお話を進めています。ただ、何をやるにもお金は掛かりますので、今は企画段階といったところですね。


 また今の製品はレンズ径が小さいので、多くの人が使える段階ではないと思っています。いずれレンズが大きくなった時に効果を検証することは意義があると思いますので、タイミングとしてはもう少し後になりそうです。他にも中国の眼科医さんから近視抑制について何か一緒にできないかとのお話もありました。チャンス自体はすごくあると思っているので、後は資金次第ですね。


●スタートアップは資金調達も大事


──お金の話が出てきましたので、資金調達の状況についても教えてください。直近でも資金調達のプレスリリースが出ていましたが、まだ足りない状況でしょうか


南部氏:足りるかどうかというより「アクセルの踏み方が変わってくる」という言い方が正しいと思います。今年2月に筆記具メーカーのパイロットコーポレーションさんに増資の引き受けに応じてもらうことができました。5月末には日本テレビさんと博報堂さんが共同設立されたSpotlightさんというCVCからもまとまった金額の資金調達をさせてもらいました。


 大きな資金調達ができれば製品開発や臨床研究も進められますが、調達が充分でないと一部を翌年に持ち越したりすることになります。なにしろ人の体に関することですので、本気度の高い臨床研究で、かなりのお金が掛かります。毎回泣きそうになりますが(笑)……歯を食いしばってやっていこうと思います。


──IPO(株式公開)は選択肢にありますか?


南部氏:われわれにも株主がいますので、何らかのEXIT(スタートアップが成長し、投資家が株式の売却などで利益を得ること)を求められます。IPOも選択肢の一つですし、あるいはどこかのグループに入ることも考えられます。いずれにしても、われわれの考え方やソリューションがなるべく広まる形でのEXITを考えていきたいです。


──HOYAさんとの資本関係は今どうなっているのでしょう


南部氏:株式の持ち分比率でいうと、今は10%台ではないかと思います。もちろん様々な面で協力関係はありますが、法的には関係会社に当たりません。


●9mm径の次の大径レンズ、見通しは?


──最後に、9mmの次の大径レンズについて教えてください。どのくらいのサイズで、いつ頃の実用化をターゲットにしていますか?


南部氏:これは本当にまだ構想段階ですが、実は開発準備は進めています。表現は難しいのですが、見た目は「普通のメガネ」。(レンズは)視界に違和感を覚えない充分な大きさにしなければならないと考えています。


 そしてメガネはファッションアイテムであったり、自分を表現する手段にもなっているので、違和感のないデザインであることも大事です。中に黒いフチ(ViXion01/01Sの内側のフレームのこと)はなく、透明度の高いものを作らなければならないでしょう。


 ただし、レンズ全面をオートフォーカスにする必要はありません。動く部分は15〜20mmあれば問題ないため、周辺を覆わないような仕組みのレンズが作れればいい、と考えています。


──それは遠近両用メガネのように、レンズの一部分にオートフォーカス機能を持たせた領域を作るということですか?


南部氏:そうですね。ただ遠近両用メガネは非常に眼球を動かさないといけないため、そこに皆さんストレスを感じたり、段差の部分で目眩や酔った印象を受けることもあるようです。


 似た構造にした時、同じような課題を抱えることになるのか、あるいはスムーズなピント調整ができるようになるのか、これも作ってみないと分かりません。


 目標としては、少なくとも3年以内に「動く物(プロトタイプ)ができた」という状況に持って行きたいと考えています。


──ありがとうございました


 前回と同じ3年という目標を語ってくれた南部社長。ステークホルダーや消費者の手前、目標時期を語るのはリスクを伴う行為でもあるが、今回は取材当日に「空手形にはしない」と決意し、あえて語ってくれた。具体的な目標となる時期が示されれば、目に関する悩みを抱えている人たちにとっての希望にもなるはず。ViXionの目指すオートフォーカスメガネの登場に期待が高まる。



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