お手軽バーナー「あぶり師」がじわ売れ 縮む市場で“小さな火”が広がった、意外な理由

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2025年06月15日 08:40  ITmedia ビジネスオンライン

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「料理好き」さん必見!「あぶり師」が人気

 キャップとロックを外して、あとはボタンを押すだけ。火力はガスバーナーより弱いものの、炎が広がりにくく、まっすぐに出る――。ほぼライター感覚で使える「バーナーライター」がじわじわ話題になっているのだ。


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 「ん? バーナーライターってなに? 聞いたことないなあ」といった人も多いかもしれないが、商品名は「あぶり師」(希望小売価格:550円)。老舗ライターメーカーのライテック社(東京都台東区)が食材をピンポイントにあぶれる商品を開発したところ、43万個(2025年6月2日時点)も売れているのだ。


 そもそも、なぜライターメーカーがこのような商品を開発したのか。大きな理由は、ライター市場の縮小にある。ご存じのように、喫煙者の数は右肩下がりに減っている。厚生労働省の「2023年国民健康・栄養調査」を見ると、喫煙率は15.7%で、この10年で4.4ポイント減少している。


 紙巻タバコを吸っている人が減っているだけでなく、火が不要の過熱式タバコが普及したことで、ますますライター市場が落ち込んでいる。さらに、法規制が厳しくなって、人口も減少している。“三重苦”ともいえる環境で、ライテックはさまざまな手を打ってきた。


 食品を輸入販売したり、スマートフォンのカバーをつくったり、ホテルを運営したり。さまざまな事業を展開するものの、ライター市場の縮小は、会社にとって大きな課題であった。


 ライターを使わない人が増えていく中で、社長の廣田拓郎さんは「なんとかしなければいけない」と考えていた。ある日、テレビの情報番組を見ていたところ、調理シーンが気になった。ガスバーナー(カセットコンロとトーチバーナーがセットになったもの)を使ってスイーツをあぶっていたわけだが、「これを家庭でできないか」とひらめいたのだ。


 レストランや寿司店で、料理人がガスバーナーを使って、食材の表面をサッとあぶる様子を見かけたことはないだろうか。寿司であればネタを焦がして、香ばしさを引き出す。


 おなじみの方法ではあるが、家庭で同じことをするにはちょっとハードルが高い。ガスバーナーを使ったことがある人はイメージできるだろうが、先端から勢いよく火が出てくるので、家庭のキッチンで使うのはちょっと危険なのだ。


●販売面で予想外の課題


 ガスバーナー以外に、方法はないのか。廣田さんは気になって調べてみると、葉巻に火をつけるライターを使っている人がいた。しかし、直線的に火を出す仕組みなので、点でしかあぶれない。


 こうした状況を受けて、廣田さんは「使い勝手がよくて、まんべんなくあぶる商品を開発できないか」と考えた。葉巻用ライターの場合、炎の直径は5〜6ミリ。面であぶるには細すぎるので、あぶり師では炎の直径を9ミリほどに拡大した。また、炎が届く距離は5〜6センチだったので、それを2〜3センチに短くし、キッチンでもあぶりやすいように設計した。


 あぶり師を開発するにあたって、どのような苦労があったのか。「技術的な部分は、これまで蓄積してきたライターのノウハウが生きました。開発期間は3〜4カ月ほどですね」(廣田さん)


 アイデアさえあれば、あとは知見があるので、あっという間に完成。店頭に並べると、冒頭で紹介したように「売れに売れている」ので、順風満帆と思われたかもしれないが、実はそうでもない。開発にはそれほど苦労はなかったものの、販売面で予想外の課題が生じ、なかなか前に進めなかったのだ。


 そもそもライターはどこで売っているのか。スーパー、コンビニ、ドラッグストア、ホームセンターなどで目にすることが多いが、どの棚に並んでいるのか。「そりゃあ、タバコ売り場でしょ。レジの近くでも、よく目にするよ」「アウトドア用品の近くにもあったぞ」といった声が飛んできそうだが、その通りである。しかし、あぶり師を販売するにあたって、そこがネックになったのだ。


 ライテックは長年、ライターを開発してきた。ということもあって、売り場の人たちも「ライテックさんの新商品ね。ライターの隣に置いておけばいいでしょ」といった具合に、これまで通りの対応だったのだ。


●好循環が生まれた背景


 勘のいい読者であれば、「それではダメだ!」とぴーんときたはず。あぶり師の最大の特徴は、食材をあぶることである。商品との相性を考えれば、食品コーナーの近くに並べてもらいたいところだが、先方からの返事は「NO!」ばかり。なぜか。消防法の規制により、炎が出る商品は自由に陳列できない事情があったのだ。


 ただ、喫煙具の近くに並べられてしまうと、消費者から「ライターの新商品かな」と思われてしまう。ライターから遠ざけるために、同社はなにをしたのか。商品にプラスチックのカバーをかぶせたのだ。


 「ん? どういうこと? それがなにか?」などと思われたかもしれないが、通常のライターは決められた場所で販売していることもあって、パッケージなしで扱っていることが多い。いわゆる“裸売り”である。


 あぶり師もライターと同じように裸売りを考えていたが、ここでも再び、消防法の規制が立ちはだかった。炎が出る商品は他のコーナーでの販売が難しいことが分かってきたので、安全性などを考えてプラスチックのカバーをかぶせることにしたのだ。


 ようやく、タバコやライター売り場以外でも商品を並べてもらえるようになった。日用品コーナーなどで販売することになったものの、売り上げは伸び悩んでいた。それも無理はない。これまでになかった商品を目の前にして「あ、便利かも。こういう商品、欲しかったのよね」といったイメージはなかなかわかない。


 そんなことをしているうちに、あっという間に1年が過ぎようとしていた。しかし、ある日、とあるスーパーから大量の注文が入った。


 なぜ、急に売り上げが伸びたのか。気になって調べてみると、そのスーパーのスタッフがあぶり師を気に入って、自主的に食品売り場の近くで販売していたのだ。この情報はじわじわ広がって、他のスーパーやホームセンターでも同様の動きが見られるようになった。結果、どのようなサイクルが生まれたのか。


 あぶり師の販売場所を変える→売り上げが伸びる→うわさを聞いた他店でも同じ動きが広がる→メディアが取り上げる→それを見た他店で販売場所を変える→売り上げがさらに伸びる……といった好循環が生まれたのだ。


●第2号の開発が進む


 現場スタッフの自主的な行動によって、あぶり師の売り上げに“火”がついた一方で、課題も浮かび上がってきた。ユーザーから「もっと火力を強くしてほしい」「もっと広い面をあぶれるようにしてほしい」といった声が届いているのだ。


 例えば、脂の乗ったマグロはよくあぶれるが、エビはうまくあぶれない。食材によって違いがあるので、 「もっと火力を強くしてほしい」という声が上がるのも、無理はない。もちろん、会社としては、そうした声に応えるべく、第2号の開発を進めている。


 火を扱うライターが、タバコから台所へ――。一見突飛に見える変化も、視点を変えれば新たな道が開ける。今回登場した“あぶり師”は、まさにそんな発想の転換から生まれた商品である。


 市場が縮んでも、アイデアの火は消えない。むしろ、燃えにくい場所だからこそ、その工夫が“炎”を大きくすることもあるようだ。


(土肥義則)



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  • あぶり師もいいけど く○寿司の 甲府上阿原店の 店長の あぶり焼き事件の 解明は まだですか?
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