NTTドコモは2025年5月29日、住信SBIネット銀行に対してTOB(株式公開買付け)を実施すると発表した。全株取得後に同社を完全子会社化し、2025年11月をめどに連結に組み込む。買収総額は約4200億円だ。
【画像】ドコモが住信SBIネット銀行のTOBを発表(出典:ドコモの報道資料)
ドコモはKDDIやソフトバンクに比べ、銀行領域への本格参入が出遅れていたが、今回の買収で一気に追いつくだけでなく、むしろその先を狙う形となる。
注目すべきは、単なる「銀行機能の取得」ではなく、住信SBIネット銀行が展開するBaaS(Banking as a Service)である「NEOBANK(ネオバンク)」だ。つまり、事業会社向けの金融プラットフォームもあわせて獲得することにあると考えられる。
これが、ドコモが目指す「dポイント経済圏」の中核となる金融事業において、喉から手が出るほどほしいインフラに映ったのかもしれない。
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●住信SBIネット銀行とは何か
住信SBIネット銀行は、2007年に三井住友信託銀行とSBIホールディングスの共同出資で設立された。設立当初は異色の合弁として注目され、その後は「住宅ローン」「円預金」「法人決済」などで着実に業容を拡大した。
特に近年は「第一生命NEOBANK」やヤマダ電機の「ヤマダNEOBANK」など、異業種が銀行業に参入するためのインフラ整備を進めており、知名度の高い企業がNEOBANKを通じて、銀行業に参入するたびに話題となっていた。
住信SBIネット銀行の預金残高は直近で10兆円を超え、口座数は800万以上となっており、住宅ローン取扱高は12兆円に上る。ネット銀行としては国内最大級で安定して黒字を維持しており、非対面型で高効率な運営体制を築いてきた。
ドコモが今回の買収で手にするのは、単なる「ネット銀行」ではなく、金融のインフラそのものなのである。
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●なぜSBIは“BaaS”を手放すのか?
今回の取引で注目されているのは、SBIホールディングスが高収益かつ将来性の高い住信SBIネット銀行を手放す判断を下した点である。
同行はBaaS事業を軸に急成長しており、グループの中でも存在感を放っていた。しかし、なぜそのような重要な資産を譲渡するのだろうか。
それは、住信SBIのBaaSモデルが、すでに「他社でも運用可能な成熟インフラ」となったことが大きいと、筆者は考えている。
同行のビジネスモデルは、APIを通じて多数のパートナーと接続されており、必ずしもSBIグループ内にとどめておく必要はなくなっていた。実際、楽天銀行も同様のビジネスに乗り出しており、同行のライバルとなっている。SNSを中心に大きな話題となったJR東日本グループの銀行事業「JRE BANK」は、NEOBANKではなく楽天銀行のBaaSが元になっている。
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他にも、みずほ銀行は「みずほBaaS」を掲げ、決済や口座開設を外部アプリに組み込める仕組みの提供を始めている。また、GMOあおぞらネット銀行は法人向けBaaSに特化し、複数のフィンテック企業と提携しており、業界内での競争激化の兆しがある。
つまり、住信SBIのBaaSモデルは、すでに市場における先行優位性をある程度確立した一方で、独自性は薄れつつあったのだ。また、JR東日本やヤマダ電機のように、消費者に広く知られている大手企業の数には限りがある。それに加えて、何十もの事業者と提携しても、顧客が開設した口座全てをメインバンクのように使うことはない。
高還元のキャンペーンが一段落したタイミングで集まった預金は、既存のメガバンクなども含め、1〜2行に流れていく可能性が高い。
そう考えると、BaaS黎明(れいめい)期の目覚ましい成長と話題性は永続的なものではなく、次第にレッドオーシャンとなる可能性がある。顧客の資産も有限である以上、市場のパイが限られているビジネスなのである。
そのため、SBIグループにおいて、BaaSの重要性が相対的に低下したと考えられる。ドコモの買収が完了すると、議決権割合はドコモと三井住友信託銀行でそれぞれ50%になる。SBIグループは完全に手を引くのも、そのような構図が見えたからかもしれない。
●ドコモの勝算はどこにあるのか
ただし、SBIが手を引いたからといって、勝機がないと見るのは早計だ。
ドコモはこれまで、d払いやdカードを通じて決済と与信に踏み込んできたが、銀行機能の欠如がネックとなっていた。
ドコモの狙いは、遅れた銀行参入の穴埋めではない。むしろ、「通信・金融・生活」の統合によるdポイント経済圏の完成を目指している。
今後は、dポイントと銀行取引を直接結びつけることで、楽天が展開する「楽天経済圏」などに対抗するだけでなく、金融機能を通じて顧客の可処分時間の囲い込みを加速させる可能性が高い。
例えば、住宅ローンを組めばdポイントを還元、給与口座指定でd払いチャージ、家計簿アプリでドコモ保険と連動――。こうした「生活に組み込まれた金融体験」は、ライバルもシェア争いの途上にあり、ドコモにも競争余地が残されている分野である。
モバイル会員基盤やdポイントが利用可能な全国の小売店というリアルな接点を駆使すれば、「銀行口座のメインバンク化」も現実味を帯びてくる。
そして今後は、給与口座・住宅ローン・決済をdポイントと絡めて展開し、楽天のような「金融エコシステム」を構築する道も見えてくる。
さらに、NTTグループ全体での展開も見逃せない。NTTグループはドコモを完全子会社化した後、NTTデータグループを買収するなど「大きな組織」に回帰しつつある。グループ全体でのシナジーを考えると、マイナンバーをはじめとしたデジタルIDや地方自治体との連携、スマート医療、教育ICTといった高度な社会インフラ事業との統合とも絡んだ展開も期待できそうだ。
●問題は情報システムの統合?
しかし、統合の難しさももちろんある。dアカウントと住信SBIネット銀行の顧客基盤をどう融合させるのか、情報システムの統合は問題なく進むのかが論点となる。
足元では金融機関のサービスへの不正アクセスも横行しており、業界全体でリスクが高まっている。ユーザー認証を複雑化することでセキュリティは担保される可能性は高まるが、それによりユーザー体験や口座開設といった主要なコンバージョン指標が犠牲になる。
そうした点もきちんと認識しながら、ドコモは住信SBIネット銀行の基盤を最大限活用できるのか。ユーザー体験の維持・向上と法人展開の両輪をどこまで高い精度で運用できるのかに、今後注目が集まりそうだ。
筆者プロフィール:古田拓也 カンバンクラウドCEO
1級FP技能士・FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックベンチャーにて証券会社の設立や事業会社向けサービス構築を手掛けたのち、2022年4月に広告枠のマーケットプレースを展開するカンバンクラウド株式会社を設立。CEOとしてビジネスモデル構築や財務などを手掛ける。
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