「6月13日、基礎年金底上げ案を盛り込んだ年金制度改革法が参議院本会議で可決、成立しました。非正規雇用者の多い就職氷河期救済のため、厚生年金の報酬比例部分の給付水準を下げ、基礎年金の受給額が底上げされることに。
最終的な判断は2029年の年金財政検証後となりますが、少子化の加速もあり、改革は既定路線と考えられます」
こう語るのは、関東学院大学経済学部教授の島澤諭さんだ。厚生労働省は、過去30年を投影した経済状況で、65歳から年金受給を開始し、平均寿命(男性85歳、女性89歳)まで生きた場合の基礎年金底上げによる年金受給総額の増減を試算している。報酬比例部分の割合が大きい高所得者ほど受給額が減り、報酬比例の割合が少ない低年金の人ほど恩恵は大きくなる傾向がある。
たとえば女性の場合、現在67歳以上の人で年金総額がわずかに減額となり、68歳は7万円減、69歳は12万円減、70歳は16万円減に。いっぽう、66歳以下となると、38歳まで受給額が増額されるのだ。
生活経済ジャーナリストの柏木理佳さんが解説する。
|
|
「現在60歳の女性は、年金受給総額が73万円、55歳は144万円、50歳は219万円、45歳は270万円増えます。受給額だけを見れば現役世代にはかなりプラスになる改正となりそうです。
減額される高齢者も、女性の場合は平均寿命までの24年間の年金生活での試算なので、1年あたりの減額は大きくありません。
そのため石破首相は『最終的には99.9%を超える厚生年金受給者の給付水準が上昇する』と語っているのですが、年金財政にそれほど余裕があるとは思えません」
前出の島澤さんも同意見だ。
「基礎年金の底上げをするには、厚生年金の給付水準を下げたうえで、250兆円ある厚生年金積立金のうち65兆円が流用されます。
|
|
さらに、大きな課題となるのは70兆円の追加の国庫負担があること。この財源に関してはどうやって工面するのか、まったく議論されていないままの見切り発車なのです」
国が負担する70兆円の原資は、当然私たちの税金だ。人口減少が続くなか、将来の年金財政を支えるために、単純計算で国民1人あたり56万4千円もの負担になる。
「厚労省の資料によると、年金の受給水準を物価や賃金の上昇率よりも低く抑える『マクロ経済スライド』制度が終了する’36年度以降から国庫負担が生じ始め、’50年度で1.8兆円、’60年度で2.5兆円に膨れ上がる。消費税で換算すると1%分です。
消費税の増税が困難であれば、株などの運用益に対する金融所得課税の強化、さらに高齢者の医療費窓口負担を3割に増やす必要なども出てくるかもしれません」(島澤さん)
国民の反発から見送られている負担増案の再燃に注目するのは、前出の柏木さんだ。
|
|
「高額療養費制度の自己負担上限額の引き上げ案、国民年金加入期間を40年から45年に延長する案なども議論されるはずです。将来的に年金額が上乗せされるとはいえ、60歳からの5年間の追加保険料は約105万円。働いていなければ、苦しい生活を強いられるでしょう」
もちろん、今後の社会保障制度“改悪”も徴収強化の一環だ。まず、現在議論されているのは200万人に新たに社会保険料負担が生じる、106万円の壁の撤廃。
「現在の主な社会保険の加入条件は、従業員51人以上の企業に勤め、週20時間以上の勤務で、年収106万円以上。今後は年収要件を3年以内に撤廃し、企業要件も段階的に緩和し、週20時間以上の勤務を満たせば、誰もが社会保険加入となる見通しです」(柏木さん)
パート勤めの主婦など、106万円に満たないように働き方を調整してきた人にとっては大きな負担増になると指摘するのは、ファイナンシャルプランナーの内山貴博さんだ。
「仮に年収105万円に抑えて働いていた人は、これまでなら社会保険料はかかりませんので、手取りはほぼ105万円でした。しかし、制度変更されると新たに健康保険料が年6万720円、厚生年金保険料が年9万6千624円課され、手取りは105万円から89万2千656円まで減ります」
手取りが減った分、1年働くごとに将来上乗せされる厚生年金は年間5千788円ほど増えるが、掛け捨てに近い健康保険料に関しては純粋な負担増となることに。
ほかに、厚生年金加入者(20年以上)が65歳になったときから配偶者(昭和18年4月2日以降の生まれ)が65歳になるまで年額41万5千900円を受け取れる「加給年金」も縮小される方針。
「改正により受給額の1割が減額される見込みで、加給年金の年額は37万4千円になります。夫より3歳年下妻の場合は12万5千円、5歳下の場合では20万8千円も減額される計算です」(柏木さん)
遺族厚生年金の改定も、特に若い世代に大きく影響するという。
「現行では、会社員の夫と死別した妻が30歳以上なら遺族厚生年金が生涯受け取れますが、30歳未満では5年の有期給付です。
この基準年齢が’28年に40歳未満に、さらに20年程度かけて段階的に60歳未満まで引き上げられる見込みです」
50歳未満まで引き上げられた場合の受給額を、前出の内山さんが試算してくれた。
「専業主婦の妻が50歳のときに、標準報酬月額40万円で30年勤務した会社員の夫と死別し、89歳まで生きたとします。現行では約2千300万円の遺族厚生年金を受け取れますが、改正されると296万円にとどまります」
夏の参院選を前に、各党が公約の調整に入っている。「国民のため」とうたう政策も、財源の根拠が不透明なものには注意が必要だ。
動画・画像が表示されない場合はこちら
|
|
|
|
Copyright(C) 2025 Kobunsha Co., Ltd. All Rights Reserved. 記事・写真の無断転載を禁じます。
掲載情報の著作権は提供元企業に帰属します。