2022年に発生した知床遊覧船沈没事故。2024年に発見された水没したデジカメの写真データを復旧させたのが、デジタルデータソリューション(DDS、東京都港区)だ。この「データリカバリー」のほか、デジタル機器の解析技術で不正や犯罪の証拠をつかむ「フォレンジクス」や「サイバーセキュリティ」といったデジタルデータに関する3つのソリューション事業を展開している。
同社の熊谷聖司社長に、デジタル時代のデータの扱いについて話を聞いた。
●一度は倒産 1年後に負債を完済
DDSはもともと1999年、茨城県古河市にあった「インターネットオーナーズ」として設立し、レンタルサーバなどの代理店業務を手掛けていた。数年後、一次代理店が倒産したものの、優秀だった営業担当者をインターネットオーナーズで採用。その中に熊谷社長がいた。
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その後、データリカバリーに事業を広げ、2009年には社名をOGIDに変更。さらなる事業の多角化を進めたものの「うまくいかず、2014年に16億円の負債を抱えて民事再生法の適用を申請しました。会社を立て直すという時、私が先頭に立つことになりました」と熊谷社長は振り返る。
そこで熊谷社長がOGIDの株を全て買い、社長に就任した。その後、なんと翌2015年12月には負債を完済したという。「前の経営陣の反面教師で、事業の多角化をするのではなく、自分たちの一番の強みであるデータリカバリー事業しかやらないと決めました」
翌2016年には、商号を現在のDDSに変更し、現在に至る。現在は、3つの事業で年間5万件以上、累計で約50万件のデータインシデントに対応しているという。
●失われた写真やデータを復旧
まずはデータリカバリー事業から見ていく。これはデジカメやスマートフォン、PCのHDDに入っていた写真やデータの復旧事業だ。7割は個人、3割は法人が利用している。復旧率は91.5%を誇るという。
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同社の強みは、設備投資を重視し、あらゆる事故に対応する施設を所有していて、かつエンジニアが高いスキルを持っている点だ。現場の一部を見せてもらったが(一般客にも作業を公開している)、技術者が丁寧にデータ復旧をしているのが分かった。
復旧したデータは、裁判資料などかなり繊細な事案もあるために、限られたエンジニアしか見られない体制を構築している。そのほか、同社の入口には空港で使われるような金属探知機も設置されていた。
「最近、増えているのは、病院の電子カルテデータの復旧です。命に関わる問題のため、依頼を受けたらできるだけ早く対応します」
費用は、復旧させたいデータ量によるものの、数万円から数十万円が多い。受け取るまでの時間は、約8割は48時間以内。ダメージ具合によるものの、1カ月から、場合によっては1年かかるケースもある。知床の事故のケースでは2年間も海水につかり、さびた状態だった。それにもかかわらず約1カ月で復旧できたというから、トライしてみないと分からないようだ。
●警察との協業が多いフォレンジクス 立ち上げた理由
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次にフォレンジクス事業だ。最近、元タレントの中居正広氏の性暴力を認定した第三者委員会の報告書でも、実態解明に寄与したのがフォレンジックという技術だった。これは、デジタル機器を解析し、不正していたかどうかを調査できる技術だ。
例えば、退職者が大事な情報をライバル会社に持ち出す場合がある。その痕跡を見つけられるほか、ランサムウェアの感染経路の解析などもできるという。DDSはその高い技術力を買われ、殺人事件や傷害事件などといった警察案件にも約395件以上対応。感謝状も受領している。他にも、例えば急に家族が亡くなった際に、口座にひもづいたパスワードの解析依頼などは、増え続けているという。
「データリカバリー事業を主力としていますが、PCやスマホのバックアップ環境が進化していけば、データ復旧の市場は縮小すると言われていました。経営リスクだと長らく認識していたので、次の事業の柱を考えていた時に出てできたのが、フォレンジクスでした」
熊谷社長によれば、この市場は伸びる余地が大きいという。「フォレンジックそのものを知らない人たちがたくさんいます。企業の社長などから『昔、こんなケースがあったけど、熊谷さんのところに行けばよかったね』と言われることがあります」
●サイバーセキュリティに注力
3つ目が2020年に始めたサイバーセキュリティ事業だ。「顧客からサイバー攻撃案件の相談がとても多くなってきました。サイバーセキュリティはデジタルデータの問題解決の多くにつながるので、3つ目の事業として立ち上げました」
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)が発表したNICT ER観測レポートによると、2024年に日本国内で観測されたサイバー攻撃は6862億件と、2023年と比べて11%増加している。
3つの事業の売上構成比は50:25:25だそうだ。これが、早ければ2026年にサイバーセキュリティ事業が売上トップになる可能性があるという。それゆえサイバーセキュリティ事業には力を入れている。
サイバー攻撃は巧妙化し、製品だけで対応するには限界があるという。そこで同社は24時間365日、30年以上の経験を有するエンジニアによる人の目によって監視するSOCサービスを提供。情報が流出したかどうかを確認するダークウェブ調査などを手掛ける。
「経営者は『人、物、金』という3つのリソースの使い方は分かっているのですが、今の時代は人、物、金に加えて『時間、情報』の5つが大切なのです。欧米諸国の経営者はこの重要性を理解しています。一方、日本人の経営者は、特に情報に関するリテラシーが低いと感じています。DXで業務を改善できたとしても、サイバー攻撃によってデータを盗まれて、身代金を払うのでは意味がありません。サイバーセキュリティにはコストをかけてほしいと思います」
現在、中小企業を中心に毎月4000社以上を監視している。これからは大企業や公官庁にもサービスを展開していく考えだ。また、ロンドン、ハノイ、ヒューストン、シンガポールに事業所を構え、積極的に海外に打って出るという。
●成長に合わせて組織体系を変えていく
3つの事業の根幹をなすのが人材だ。従業員は約242人で、うちエンジニアが79人を占める。「新卒を20〜40人ほど採用しています。2024年は1次エントリーに1万6000人が応募してくれました。ベンチャー思考が強まっている時代の流れもあると思いますが、ありがたいことです」
特にエンジニアについては、中途採用は少なく新卒採用を基本にしているという。その理由は明快だ。「ヘッドハンティングをすると、年収1000万円など割高になるので、社内の給与体系も変更する必要性に迫られるからです。結局コストが上がり、商品に価格を反映せざるを得なくなります」
そういった背景から、約1億円を投じて1年間ほどの期間もかけてサイバーセキュリティの教育カリキュラムを作り上げた。これが質の高いエンジニアを養成する基礎となっている。
会社の成長に合わせ、組織構造も変革してきた。「約30人で会社を再スタートしました。従業員数が100人を超えた時、事業部制、機能別、マトリックス型など、どのような組織形態にするのか悩み、その結果、事業部別を選択しました。事業部長の下に、さらにマーケティングやセールスを置き、一種のカンパニー制のような形にしたのです。加えて部長、課長、係長の評価、給与の反映のさせ方など仕組みも整えました」
今は、さらに事業規模が大きくなり、300人になろうかというレベル。熊谷社長も、全員を把握するのが困難になるほどの規模に成長した。
「現状の課題は、次の組織設計をどうするかです。組織を全て作り変える必要がある段階にきていると思います」と語る。ある一定のスキルセットを明確にした上で「これをクリアしないと昇進できませんという仕組みを作らないと、大企業のようにシステマチックな組織としての成長ができないと考えています」
●死生観の変化により社会貢献重視に
ここまで前へ、前へと突き進む熊谷社長の姿勢は、以前、すい臓がんと診断され余命3カ月と宣告を受けたことに源流がある。死生観が変化したと話す。
「民事再生法の適用から1年ぐらいまでは必死でした。本を数多く読み、そこには『企業には社会貢献が必要』と書かれ、その通りだと思いつつも、生き残るには『数字』が大事だと考えていました。しかし余命宣告後は、社会貢献の意味が理解できるようになりました。いつか死ぬのなら、数字よりも困っている人をどれだけ助けられるのか。そこに貢献したいと思えるようになったのです」
あらためて精密検査をしたところ、良性だったのは幸いだった。「今でこそ笑い話になりますが、今でも定期健診はしています」
どの経営者も社会貢献の重要性は分かっている。だが、どれだけの企業が本気で取り組んでいるのか。熊谷社長は心の底から社会に貢献しようとしていて、この姿勢は、いずれ市場から大きな評価を受け事業拡大につなげられそうだ。
(武田信晃、アイティメディア今野大一)
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