【今週はこれを読め! エンタメ編】予想外のところに着地する〜竹中優子『ダンス』

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2025年02月11日 11:40  BOOK STAND

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 「同じ部署の三人が近頃欠勤を繰り返し、三人分の仕事をやらされる」という帯の内容紹介に目が止まった。しかも、原因は「彼らの三角関係」だという。

 何だそれ。プライベートで揉めるのは勝手だけど、ちゃんと仕事しろよっ!と読む前からイラつく。主人公に対する同情と共に、泥沼恋愛(?)への下世話な好奇心もわいてきたが、読み終えた後は、予想外のところに気持ちが着地していた。

 主人公は、新卒で就職して2年目の会社員である。今日も、三人はなぜだか出勤していないという。係長は、最後に欠勤連絡をしてきた下村さんに電話口で優しく声をかけているが、主人公は「三人まとめて往復ビンタ」をしてやりたいという心境だ。

 とは言うものの、一回り年上の下村さんは話しやすくて頼れるお姉さんのような存在で、心配もしているのだ。職場に馴染んでいないことを係長からやんわり注意された時に、乱暴な言葉で励ましてくれたこともある。翌日、出勤してきた下村さんに誘われて飲みにいくと、ベロベロに酔っ払いながら何があったのかを話してくれた。

 下村さんは、同じ部署の田中さんと2年間同棲しており、結婚話も出ていたという。なのに彼は採用されたばかりの非常勤職員・佐藤さんと浮気していて、自分の方が別れることになったとのことだ。うー、確かにそれはキツイ。出社したくない気持ちもわかる。しかし主人公、同じ職場にいてなぜ何一つ気づかなかったのか? 他の人たちは知っていたらしいのにねえ。(そういう気がつかないっぷりに、個人的には親近感が湧くんだけど)

 他の二人が出勤するようになってからも、下村さんは会社に来たり来なかったりを繰り返す。ただ落ち込んでいるわけではない。婚活パーティに行ったり、公園で知り合った人と飲んで酔っ払ったり、引っ越し先を探したり......。「苦しんでいるんだか楽しんでいるんだかよくわからないダンスを踊っている」かのように惨めさをさらけ出す。そんな下村さんに日々巻き込まれる主人公の心の中には、傷だらけになってもがく下村さんをすごいと思う気持ちと、「ビンタしたい」という気持ちが共存している。複雑な思いと二人の関係が、シンプルな言葉と会話で書かれていく。

 登場人物たちが語る過去のエピソードが興味深い。下村さんのフォローをする日々に知り合ったある人物の話が、特に印象的だ。子どもの頃ひとりで留守番をしていたら、身なりのきちんとした見知らぬ老夫婦がやってきて、風呂を借りて帰っていったという思い出である。二人は他人の家の風呂を借りることが趣味で、そのための旅をしているのだと説明していたという。なんというか、怪しくて迷惑な行為だ。だけどそれってダメなことなのか?

 私たちはみんな、誰かに迷惑をかけたりかけられたりすることを積み重ねながら生きている。しっかり記憶していることもあれば、忘れてしまう出来事や気持ちもたくさんあるのだけれど、その全ての上に次の道が続いているのだろう。騒動から15年の時を経て二人が再会する最終章に、私はそんなことを思う。そして、小説には詳しく書かれない二人の15年間を、とても愛しく感じた。

(高頭佐和子)


『ダンス』
著者:竹中 優子
出版社:新潮社
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