紙中心の事務処理を、DXできている企業はまだまだ多くない。だが人手不足で働き方改革が求められる中、業務をDXできなければ作業効率は下がる一方だ。
SaaSの開発・販売を手掛けるサイオステクノロジー(東京都港区)は、業務効率を向上させるクラウドサービス「Gluegent」(グルージェント)シリーズを展開している。1月にはワークフローシステム「Gluegent Flow」(グルージェントフロー)で、生成AIを活用したユーザーアシスト機能をリリースした。
開発に携わった同社の松本明丈Gluegent Flowプロダクトマネージャと、発案者としてプロジェクトリーダーを務めた28歳の川瀬翔大Gluegentサービスラインエンジニアに舞台裏を聞いた。
●DXを阻むのは「サイロ化したSaaSを使っていること」 真意は?
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総務省が2024年3月に発表した「国内外における最新の情報通信技術の研究開発及びデジタル活用の動向に関する調査研究の請負成果報告書」によると、デジタル化の取り組み状況について、中小企業では「実施していない、今後も予定なし」が56.5%、「実施していない、今後実施を検討」が13.5%だった。
現時点では7割が対応していないことになる。国内企業の9割が中小企業であることを考えると、事実上、日本企業のDXはほとんど進んでいないということだ。
なぜか? 中小企業基盤整備機構が2023年10月に公表した「中小企業のDX推進に関する調査(2023 年)アンケート調査報告書」を見ると「ITに関わる人材が足りない」が28.1%、「DX推進に関わる人材が足りない」が27.2%、「予算の確保が難しい」が24.9%と、その原因が人材と財源不足にあることが明らかになっている。
●シンプルなUIで事務処理を効率化
Gluegent Flowは交通費、有給休暇、出張など、業務手続きを電子化するワークフローシステムだ。コンセプトは「働く人が能力を最大限に発揮できる環境づくりを支援する」。同社によると、部署によってはサイロ化したSaaSを使っているケースが少なくなく、それが効率化を阻んでいるという。
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このソフトウェアには結婚届、物品購入申請、通勤の定期代申請、給与振込口座申請など100ほどのテンプレートを用意した。松本マネージャは「会社の総務や人事担当者に聞くと、必要な申請書類を紙に書いて提出しても、記入漏れや不備があり差し戻すケースがかなりある」と指摘する。
「ある大企業に利用してもらっていますが、1日何千件もの申請があるそうです。しかし、担当者は、一つ一つを見るなど手間をかける時間はそれほど取れないということなんです。Gluegent Flowがあれば差し戻しの手間を防げます」。そう考えると、差し戻しがなくなっただけで、それなりの時間短縮が図れるのが想像できる。
特徴的なのは、シンプルなUIだ。画面の左側には、申請→確認→承認→決裁というような経路が表示され、承認プロセスがどのレベルの決裁待ちなのかを確認できる。右側には経費、稟議、出張といった項目が並ぶ。申請者は申請項目を選び、必要事項を記入するだけで申請が完了する。
●要約文だけで優先度を判断できる
Gluegent Flowは、大きく分けて3つのユーザーアシスト機能を搭載することによって利便性を高めた。1つ目は「タスク要約」だ。上長になればなるほど、社員から処理依頼を求められる件数が増える。基本的には全部に目を通して処理を進めるものの、多すぎると、どの案件から処理するべきか判断がつきにくい。また、記入項目が多いほど、内容を把握するのに時間がかかり、見落としも多くなる。
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それを生成AIが要約文を生成し、タスク一覧画面にある要約アイコンをクリックすると、要約文を表示する機能が「タスク要約」だ。川瀬エンジニアは「要約文を読むだけなので時間短縮になり、優先度・緊急度の判断がしやすくなります」と話す。
要約文を読み、重要だと思えば、さらにクリックして全文を開けばよい。松本マネージャは「認知するまでの手間を省くような作業は、AIの得意分野です。件名は同じでも、重要度が異なる場合もありますから」と、タスク要約の意義を強調した。
●「生成AI×RAG」により適切な検索結果を表示
2つ目が「スマートモデル検索」だ。
例えば、子どもが生まれた際に、会社に申告すべき書類が分からないとする。その時、検索窓に「娘が生まれました」という言葉を入力すると「扶養家族変更届」「出生届」「慶弔給付金申請」の3つが検索結果として表示。各項目に、理由も合わせて書かれているので、適切な申請書類を選べるという機能だ。
サイオスでは、生成AIが間違った情報を出力してしまうハルシネーション(幻覚)について、RAGを使うことによって回答の精度が上がることから「生成AI×RAG」と2つを組み合わせる形で導入することを各企業に推奨している。「スマートモデル検索」でも生成AI×RAGの技術を生かすことによって、ユーザーが求めている申請書を適切に提示することが可能になった。川瀬エンジニアは「AI×RAGは不必要なデータを省いてくれるメリットもあります」と話す。
●AIがスクリプトを自動で生成
最後は、社内においてGluegent Flowの管理者にも負担が少ないシステムを構築した。それが「スクリプト自動生成」だ。例えば、ある項目について「表示」から「非表示」にしたい場合、プログラミング知識が必要になるため、自社のIT担当者もしくは外部委託に依頼をする必要があった。しかし「〇〇を非表示にしたい」という趣旨を記入欄に打ち込むと、AIがスクリプトを自動で生成してくれるのだ。その生成されたスクリプトを設定欄にコピペすると、非表示にできる。
予算の関係からITの専用人材を雇うのが難しい、またはITに多くの予算をつぎ込めない中小企業にとってはありがたい機能だ。川瀬エンジニアは「実は顧客の要望に応えた形のサービスです。スクリプトを生成できる点が生成AIの一番強い点だと思います。もちろん、変更する必要がなければ何もしなくてもいいのですが、細かく設定できる余地があることがGluegent Flowの強みです」と強調する。
●自由闊達(かったつ)な社風
発案した川瀬エンジニアにこのサービスを作ろうと思った理由を聞くと、2024年に結婚した際の実体験に基づいた動機だったと明かす。その際に自分が提出すべき書類がよく分からなかったのだという。そこからアイデアが浮かび、それについて社内ブログを書くと「それを読んだ当社の人間から、スマートモデル検索や生成AIの機能を作ってはどうだ? という意見をもらいました」と話す。
「Gluegentシリーズの製品を使っている顧客からの過去の意見、上司から申請について『要約版があるとうれしい』といわれたことがきっかけです。先輩は皆さん優しいので、いろいろな意見をもらい、どんどん話し合いをして、良いものを作り上げてこうという良い雰囲気でした」
リーダーとして、数々のアイデアを取捨選択する決断を何度も迫られたという。
「先輩方と相談、相談の連続でした。どこの部分を、いつまでにどこまでやるか。これを何度もスケジュールを確認して進めていきました。エンジニア目線として気を付けたのは、手段が目的になってはいけない点です」
松本マネージャも「先輩たちに意見を言いやすい環境がありますし、それを否定されないという風通しのよさがあるんだと思います」と語る。松本マネージャが「この機能をこう変えたい」とリクエストをすると、川瀬エンジニアは「それは難しいですが、これならできます」といった自由闊達な議論をした。その中でユーザーアシスト機能が完成したのだという。川瀬エンジニアがプロジェクトリーダーを務めた開発チームは。2025年1月に社内表彰も受けた。
●やりたいことをアシストするのがAI
松本マネージャは「当社は、AIによって人をアシストしたいという思いが強い」と話す。
「多くの労働者は、積極的にAIを使いたいわけじゃないんです。AIによって仕事が楽になればいいんです。顧客のやりたいことを、助けるのがAIの役割ですから」
サイオスとしても、ユーザーがAIを意識することがないまま、顧客が商品を使って喜んでもらえる商品を作りたいという狙いがあるという。
ちなみに川瀬エンジニアは2024年3月にブログを書き、プロジェクトリーダーになったのが8月だと話す。製品発表会を10月に開き、正式版のリリースが2025年1月。物凄いスピードで製品化にこぎつけた。その背景には、オープンな議論ができる職場があったのだ。
サイオスの社員を見ていると、常に笑いが絶えず、部活動のような雰囲気があり、同社の喜多伸夫社長も、自由な社風を後押ししてきたという。今後もスピード感を持ちつつ、AIを駆使し、顧客に寄り添ったSaaSをリリースしていくだろうという予感がする。
(武田信晃、アイティメディア今野大一)
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