『バチェラー』参加の美女は“骨を溶かす”病気と戦っていた 支えてくれた夫との馴れ初めも「鳥貴族で泣きながら結婚を迫った」【バチェラー連載 Vol.11】

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2026年06月18日 17:00  オリコンニュース

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森田紗英 (C)ORICON NewS inc.
 Prime Videoの恋愛リアリティ番組『バチェラー・ジャパン』のシーズン1に参加した“もりもり”こと森田紗英。森田といえば、シーズン1で25人の美女たちの中から、初代バチェラー久保裕丈の恋人の座を蒼川愛と最後まで争った参加者だ。そんな森田は現在、英会話教室で働いているとのこと。『バチェラー・ジャパン』シリーズ参加者の「今」について追求する本連載の第11弾となる今回は、森田の結婚生活や、持病であるエナメル上皮腫について話を聞いた。

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■『バチェラー・ジャパン』がきっかけで、短期決戦の恋愛をするように

――最近は、どのように過ごしていますか?

森田:英会話教室で働いています。あとは、『バチェラー・ジャパン』に参加して以来、応援してくださっている方がいるので、インフルエンサーのお仕事もたまにさせてもらって…。週末は、いつも夫と飲みに行っています(笑)。

――2022年に結婚されたとのことですが、結婚生活はいかがですか?

森田:お付き合いしていた当時と、あんまり変わらないですね。お互いにおしゃべり好きなので、会話が途切れることなくしゃべっていることが多いです。

――そもそも何がきっかけで出会った方なのでしょう?

森田:共通の知人を通して知り合いました。私と夫は、異性がいる席だと思わず参加したのですが、行ってみると合コンのような感じで。でも、共通の趣味がかなり多くて、そこからすぐに2人で会うようになりましたね。

――お互いに2人で会おうとなったんでしょうか?

森田:私から積極的に行きました。LINEのやりとりをするようになってから、より話が合うなと思ったので、2人で会って話したいと思って!というのも『バチェラー・ジャパン』に参加してから、時間が限られているということを実感するようになって、頭の中で「急ごう!」と思っちゃって。最初は少し引かれていましたもん。だいたい3回くらい会って、付き合いましたかね。

――早いですね?

森田:はい。彼からも「いや、付き合うには早い」って言われたのですが、私は「付き合わないとわかんないじゃん」っていうタイプだったので。それで合わなければ、もう仕方がないことなんだからって強気にアプローチしました。もともと積極的ではあったんですけど、『バチェラー・ジャパン』に参加してから積極性に磨きがかかりましたね(笑)。

――『バチェラー・ジャパン』に参加していたことは指摘されませんでしたか?

森田:知らなかったみたいですね。付き合った後に、彼の友達が「え、バチェラー・ジャパンに出てた人だよね?」って言われたらしくて。「バチェラー・ジャパンって何?」って感じでした。

■結婚を迫り…鳥貴族で泣いた夜も

――結婚は、どちらからアプローチしたのでしょう?

森田:お付き合いしているときに、彼の実家に遊びに行かせてもらって、甥っ子と姪っ子にも会って、そのタイミングで将来像が見えたんです。それで「結婚したい!」と思ったので、私の方から言ったこともあります。ただ、彼は仕事の関係もあって「今じゃない」と言う感じで。「鳥貴族」で泣きながら結婚を迫ったこともありますね(笑)。

――それに対して、どんな反応でしたか?

森田:説教されましたね。私は「何歳で結婚して、何歳で家庭を持ちたい、子供が欲しい」というのがあったのですが「なんで数字にとらわれるんだ!」って。実際にプロポーズされたのは、そこから2年くらい経ってからでした。

――プロポーズはどんなシチュエーションだったのでしょう?

森田:彼の仕事が落ち着いてきたタイミングで、そろそろかなって思っていたタイミングで、クリスマスにディズニーランドに行ったんです。その時に「これは、来るな」って思ったんですけど、なにもなくて!

次の日の朝、起きた時に「昨日、人が多くて言えなかったんだけど、そろそろ籍を入れる?」って聞かれました。なんだか、あっけなかったですね。そもそも恋愛にあまり興味がない人ではあるのですが、私は恋愛ドラマを見て育っているタイプなので…。ただ夢を見るだけで終わっちゃっていることがいっぱいあります。

――たしかに『バチェラー・ジャパン』の世界とは真逆なシチュエーションですが、そもそもどんなところがいいなと思って付き合ったのでしょうか?

森田:すごい明るい人なんです。タクシーの運転手さんに話しかけたり、年齢関係なく誰とでも仲良くなれたりするタイプ。最近は、家の近くのスナックに遊びに行って、毎週末のようにみんなで飲み歩いています(笑)。

それから、私の脳みそでは、もうこれは何も抜け道がないっていうぐらい悩んでいるときにも前向きな道を提示してくれて、一緒に解決してくれるところ。エナメル上皮腫を患った時も、彼のそういう一面に助けられました。

■“骨を溶かす”エナメル上皮腫 発症からを振り返る「乗り越えられた」

――エナメル上皮腫を発症されたのは2018年ごろかと思うのですが、どのようなきっかけで気づいたのでしょう?

森田:口が開けにくいところから始まって、どんどん痛くなっていったんです。特にお風呂に入って血流が良くなっているときとかに、ズキズキするなって。それで、最初、歯医者さんに行って、大きい病院を紹介してもらったんですけど、そこでは顎関節症って言われて。

でも、自分の中では、それとは違う変な痛みがあったので、別の病院に行ったんです。そしたら、そこの病院の先生が口腔がんに詳しい方で「たぶんエナメル上皮腫です。すぐに検査しましょう」って。2週間後くらいに、検査の結果が戻ってきて、すぐに手術日を決めました。それで心の準備をする間もなく手術することになりましたね。

――検査を待っている間、不安がよぎりそうですね。

森田:そうですね。ただ、先生から「ほぼエナメル上皮種であることは確定」と言われていて、あとはどれくらいの範囲まで広がっているか、それが悪性化していないかを知るための検査だと言われていたので、覚悟はできていました。

――昨年には、腓骨で再建する手術をされたとのことですが、そこに至るまでは、どのような経過だったのでしょう?

森田:そもそもエナメル上皮腫って、良性の腫瘍ではあるものの、骨を溶かしちゃう病気で。根本的な薬とかがまだなく、できたら取るを繰り返すしかない病気なんですね。

1回目にできた時は顎の骨を残せたんです。ただ、再発したタイミングでもう無理だねとなってプレートを入れることになり、3回目には喉にもできてしまいました。

ただ、そこから5年ほど症状が落ち着いたので、凹んでしまっていた輪郭の部分に太もものお肉を入れて、昨年に腓骨をいれるという手術をしたんです。

――結構大掛かりな手術だったのではないでしょうか?

森田:そうですね。手術時間は10時間ぐらいかかりましたし、入院も20日くらいしました。骨とかお肉って、移植する時に、そのまま入れてもダメなんですよね。血管をつなげないと血が通わずに、組織がダメになってしまうから。そこが大変みたいですね。

――大掛かりな手術、緊張しませんでしたか?

森田:エナメル上皮腫を取るよりは再建の手術の方が前向きな気持ちでいれました。ただ、手術前はさすがにそわそわしましたね。ただ、そのときも夫から「今より悪くなることは絶対ないから、どっちみちプラスな手術だから、別に怖がることないでしょ」って言ってもらえて、それもそうだなと。手術が終わってからは、もうひたすら大好きな韓国ドラマを見て、過ごしていました。

――もう再発しない限り手術はされないのでしょうか?

森田:腓骨と腓骨を入れる前に入れた太もものお肉の量がちょっと多いので、それを今年中に手術で整えるかもしれません。それで、一旦は落ち着くと思っています。

――SNSを見ていると、相変わらず笑顔がステキだという印象がありますが、SNSを通じて「こういうことを発信したい」と考えていることはありますか?

森田:エナメル上皮種って、まだあまり知られていない病気なこともあって、SNSに書くと同じ病気の人はもちろん、別の病気の方からも「メンタルはどうやって保ってますか?」というようなメッセージをもらうことがあるんです。私も最初に手術をしたときに、容姿がだいぶ変わっちゃって、だいぶ落ち込んだんですけど、今はここまで戻れた。そういう人たちが前向きになるような発信を続けていきたいなと思っています。ファッションとかコスメとかすごく好きなんですけど、私も一時期口紅を塗るだけでもかなり時間がかかってしまっていたので。それを乗り越えられたということを今後も発信していきたいです。

(取材・文:於ありさ)

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