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「仕事を通じて成長したい」という意識が、年々薄れてきている。パーソル総合研究所の「働く1万人の就業・成長定点調査」によると、「働くことを通じた成長が重要だ」と考える正社員の割合が、初めて7割を下回った。
成長志向はピーク時から低下が続き、過去最低を更新。リスキリングや人的資本経営の重要性が叫ばれる一方で、現場の熱量は静かに下がり続けている。なぜ正社員は「冷めて」きたのか。10年分のデータをもとに読み解く。
成長志向の低下と並行して広がっているのが、「静かな退職」だ。会社を辞めるつもりはないが、がむしゃらに働かず最低限の業務だけをこなす状態を指す。
本調査では「転職意向がない」「出世・昇進意欲がない」「プライベートを重視」「月の残業5時間未満」「サービス残業ゼロ」の全条件を満たす従業員を「静かな退職者」と定義しており、その割合は2017年の3.4%から2026年に5.8%となり、2.4ポイント上昇した。
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性別・年代別に見ると、女性やシニア層で割合が高い。同研究所シンクタンク本部の研究員、中俣良太氏は「育児や介護をしながら働く人は女性のほうが圧倒的に多く、静かな退職的な働き方をせざるを得ない状況がある」と分析した。
Z世代を中心に広がっているとの見方もあるが、「若いうちから残業を抑え続けて働くのは現実的に難しい」とし、実態は異なるとの見解を示す。人材の多様化そのものが、「静かな退職」を構造的に増やしているようだ。
●静かな退職の「質」が変わった
静かな退職と一口に言っても、その実態は一様ではない。本調査では、働く幸福度と主観的パフォーマンスの高低を掛け合わせ、静かな退職者を4つのタイプに分類している。
幸福度もパフォーマンスも高い「戦略型」は、自ら働き方をコントロールしながら成果を出している層だ。一方、幸福度もパフォーマンスも低い「無気力型」は、意欲を失い最低限の業務をこなすだけの状態にある。この無気力型が、2021年の29.3%から2026年には41.8%まで急増した。
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戦略型(2.3ポイント減)や、パフォーマンスは高いが仕事への充実感は低い割り切り型(11.8ポイント減)が減少する中、静かな退職の内訳は「やる気を失った層」に偏り始めている。
行動面の変化は、学びにも及んでいる。勤務先以外での学習・自己啓発について「特に何も行っていない」と答えた正社員は53.6%に達し、過去最高を更新した。管理職への意向も16.6%と過去最低だ。厚生労働省の「能力開発基本調査」(2024年)でも、正社員の自己啓発実施率は45.3%にとどまっており、過半数が学んでいない構図は統計でも裏付けられている。
中俣氏は背景として、働き方改革の「副作用」を指摘する。残業は減った一方で、業績向上への圧力は変わらず、仕事の余白がなくなった。日々の業務をこなすだけで手一杯になり、チーム内の助け合いや一体感が薄れる「関係性の希薄化」が、学びや挑戦に向かうエネルギーを奪っているという見方だ。
●「市場価値」から「業務処理能力」へ
「働くことを通じた成長が重要だ」と答えた割合も68.8%と過去最低を記録し、2021年の82.1%から5年間で13.3ポイント低下した。背景には「成長とは何か」という価値観そのものの変化がある。
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2017年と2026年で、正社員が「働くことを通じた成長」としてイメージする項目を比較すると、傾向の違いがはっきり表れている。
伸びたのは「仕事仲間や他部門とうまく協力できるようになること」(2017年を100とした場合137)、「感情を抑えられるようになること」(同130)、「上司や同僚から高い評価を受けること」(同128)など、目の前の業務を円滑にこなすための力だ。
一方、「どこでも通用するスキルや技能が身につくこと」(同87)や「社内外の人脈が広がること」(同76)など、社外でも通用する市場価値に関わる項目は軒並み下がった。
中俣氏は「成長が『目的』から『手段』に変わった」と読み解く。市場価値を高めること自体が目的だった時代から、実務をこなすための手段として成長を捉える層が増えた。
仕事選びの基準にも、同じ傾向が表れている。「入社後のキャリアコースが明確に示されていること」(2019年を100とした場合147)が最も伸び、「やりがいを感じられること」(同77)は大きく後退した。
就活プラットフォーム「外資就活ドットコム」を運営するハウテレビジョンの調査(2026年)でも、「転職で有利になるかを重視して企業選びを進めた」就活生が72.3%に達しており、最短距離でキャリアを築きたいという意識は入社前の段階から浸透しつつある。中俣氏は、この変化を「キャリアのタイパ化」と表現する。
●男性20代に見える「下げ止まり」の正体
職場の“低体温化”が進む中、異なる動きを見せているのが男性の20代だ。職場外で学ばない割合、成長志向、管理職意向のいずれも、2024年頃から下げ止まりの兆しが見える。成長のイメージとして最も伸びたのは「新しい仕事へ前向きに取り組みたいと思うこと」(2017年を100とした場合267)で、他の年代を大きく上回る。
仕事選びの基準では「大きな責任のある仕事が任されること」(2019年を100とした場合186)や「自律的に自分の判断で仕事を進められること」(同169)が上昇する一方、「仕事とプライベートのバランスがとれること」(同77)は後退した。ワークライフバランスより挑戦機会を求める傾向が鮮明だ。
その背景として、中俣氏は生成AIの影響を指摘する。同研究所の別の調査によると、男性20代の52.1%が業務で生成AIを利用している。基礎的な業務がAIに代替される中で、「早い段階から応用的な仕事をこなさないとスキルが陳腐化する」という危機感が、成長観や仕事選びの基準を変えているという。
副業実施率も男性20代で20.2%と過去最高を記録しており、その動機も収入補てんから自己実現やスキルの検証へと変化している。dodaの転職理由調査(2025年)でも、20代で「個人の成果で評価されない」が3位に急浮上した。成果と処遇の結びつきを求める若手の意識は、複数の調査で共通して確認されている。
●省エネ適応型から生存戦略型へ
正社員の就業観は10年で変化した。以前は「市場価値を高めたい」「やりたい仕事をしたい」という「自己拡張型」の意識が比較的強かったが、現在は暮らすために働く「省エネ適応型」へとシフトし、成長基準の内向き化と相まって、静かな退職や学ばない社員の増加を招いている。
実際に、ギャラップ(米国)の調査では日本の従業員エンゲージメントは7%と世界最低水準にあり、職場の低体温化は国際的に見ても際立っている。
ただし、男性20代の動きは、この流れとは異なる方向を示唆している。中俣氏は、若年層の変化の先に「生存戦略型」への移行を予測する。AIに代替されないキャリアを早く築かなければならない、組織には期待も依存もできない。そうした意識が広がり、働くことをよりシビアに捉える人が増えていくという。
「残業の多寡に関係なく挑戦機会を与えるマネジメントや、副業・越境学習の後押しが重要だ」と中俣氏は語る。初任給の引き上げや評価制度の見直しに動く企業は増えているが、今回の調査からは、処遇改善だけでは対応しきれない「働く意味」の変化がうかがえた。
成長の定義が変わる中で、企業は社員にどんな機会を示せるのか。その答えが、これからの人材獲得と定着を左右しそうだ。
(カワブチカズキ)
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