JR東海が11月7日、東海道新幹線の総合事故対応訓練を報道公開した。この訓練は毎年1回、東海道新幹線の車両基地で実施されている。JR東海と同グループの社員のほか警察官も訓練に参加し、不審者対応訓練も実施した。また新幹線を運行するJRグループ各社からも見学者が訪れ、障害対応技術の交流の場になっているようだ。
2024年の会場となった「三島車両所」は静岡県三島市にあり、東海道新幹線三島駅に隣接している。訓練会場は線路12本ぶんの留置線区域で行われた。面積を地理院地図で計測したら約4万平方メートルだ。700人以上の参加者がいても、まばらに見えるほど広い。普段ここに留め置かれている車両たちは運用などを変更し、この日は別の基地などに退避しているわけで、周到な準備が行われたことが分かる。
私にとっては初めての見学となったけれども、説明を聞くと「いままでの事故復旧とは考え方が変わってきている」と感じた。分かりやすくいうと「1日でも早く本復旧」はもちろんだが、「1分でも早く仮復旧」に力を入れている。
幸いなことに新幹線の事故は少ない。それだけに「鉄道事故」といわれてもピンとこない。しかし、IT技術者向けに例えるなら「新幹線が走らない」は「情報が届かない=ダウンタイム」であり、事故復旧は「障害対応」にあたる。インフラをきっちりと立て直すことは重要だけれども、障害対応はスピードが大切だ。東海道新幹線はダウンタイムを短縮するためにどのような訓練をしているか、という視点になると身近に感じると思う。
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今回の訓練内容は次の21項目だった。このうち太字が報道公開された。JR東海が特に広めてほしい訓練である。列挙する順序はJR東海の提供資料による。
・VR・映像を用いた重大労災体感訓練
・警察と連携した不審者対応訓練
・転てつ器不転換発生時の手動転換・鎖錠金具取り扱い訓練
・盛夏期に停電が発生した際の対向列車を用いた救援訓練
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・巨大地震発生を想定した脱線復旧訓練
・駆動回転系不具合を想定した搬送仮台車装着訓練
・車両状態の判断力向上を目的とした異音・異臭・振動体感訓練
・集電系部品不具合を想定した救援パンタグラフ装着訓練
・長時間停電を想定したバッテリー使用によるサービス機器訓練
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・巨大地震発生を想定した線路・脱線防止ガードの点検訓練
・酷暑によるレール温度上昇時の対応訓練
・分岐器におけるレール損傷発生を想定した応急処置器取り扱い訓練
・火災発生時の鉄けた健全度把握訓練
・ICTを活用した被災構造物の健全度把握訓練
・VRを活用した列車防護スイッチ取り扱い訓練
・衛星通信車によるカメラ映像の伝送訓練
・沿線火災による光ケーブル損傷を想定した接続復旧訓練
・停電発生時の車両屋根上点検及び処置訓練
・架線断線発生時の復旧訓練
・ミリ波列車無線の電源停電を想定した高圧電源車接続訓練
・駅間に停車した列車からのお客様救援訓練
盛夏期に停電が発生した際の対向列車を用いた救援訓練
複線の上下線に列車を並べ、乗降ドアの位置を合わせ、渡り板を設置して救援する。
上下線のどちらか、あるいは列車側の故障により車両が停電した場合、空調など車内サービス設備のほとんどが使用不可能になる。駅から離れた中間地点では避難行動も難しく、車外に出ることも危険だ。酷暑になれば客室の温度が上昇し、乗客の体調悪化も懸念される。そこで、停電停車した列車の隣に救援用列車を並べて、乗客を脱出させる。
訓練では記者たちも渡り板を行き来して脱出を体験した。渡り板は薄型の折りたたみ式ながら、大きくたわむことなく安心して渡れた。駅で車椅子利用者が使う渡り板に似ていて、今回の訓練でも車椅子利用者の訓練が行われた。
訓練の待機から開始までに少し時間があった。救援側の列車にとっては、駅のような停止位置目標がないため、両列車のドア位置を合わせる作業に時間がかかったようだ。この作業のスピードアップが課題だと思う。また今回の体験者は、少人数で「もの分かりの良い人々」ばかりだった。実際に避難する事態になって、疲弊した乗客たちがドアに詰めかけたときの乗客整理も検討課題だと思われた。
巨大地震発生を想定した線路・脱線防止ガードの点検訓練(今年初)
巨大地震発生時、レールに並行して敷設した脱線防止ガードを目視で点検する。
東海道新幹線は線路の内側に脱線防止ガードを設置している。脱線防止ガードはレールと並行して設置する鋼材のことで、ヨコ方向に大きな揺れがあった場合に、車輪がレールから逸脱するのを防ぐ。さらに、台車側に下方へ伸ばした「逸脱防止ストッパ」を設置し、これを脱線防止ガードが受け止めて車両の逸脱を防ぐ。
脱線防止ガードは2019年度までに、東海大地震が想定される区間の本線や、高速で通過するトンネルの手前、「三主桁(さんしゅけた)」の手前など、合計596キロメートルに設置が完了した。現在は東海道新幹線の8割の線路に設置済みだ。2028年度までに全区間の本線に設置を拡大し、各駅の副本線(通過列車を待避する側の線路)と回送線なども完了する予定だ。
脱線防止ガードをトンネル手前に優先設置する理由は、列車がトンネルで脱線すると、トンネルの壁に車両が接触して大事故になるからだ。「三主桁」は複線線路が走る鉄橋のうち線路上に主桁が3つあるタイプで、これも脱線時には大きな障害になる。
訓練作業は、作業員が電動カートに乗って現場に駆けつけ、指令所と連絡を取りながら脱線防止ガードやレール、車輪を目視で点検していく。一つ一つ指さし確認し、少し移動してまた点検の繰り返し。訓練は列車の片側のみ行ったけれども、実際は全長400メートルの列車の両側を点検していく。とても時間のかかる作業だ。万が一、事故でこの作業に出会ってしまったとしても、慌てずに落ち着いて点検終了を待ちたいと思った。
架線断線発生時の復旧訓練(今年初)
飛来物が接触するなどの原因で架線が切れた。この切れた部分を仮架線で接続して応急的に復旧する。
架線は新幹線車両に電力を供給する経路だ。切れると送電されないため列車が走行できない。また高電圧のため、切れて下がった電線によって感電、発火の恐れもある。架線が切れる主な原因は架線の腐食、たるみによるパンタグラフとの接触などがある。架線の腐食は飛来物の接触で急速に進む場合もあるし、たるみは気温などに応じて張力を維持する装置の故障で起きる。2022年12月18日に豊橋〜三河安城間で起きた架線切断もたるみによるものだった。
架線は張力を維持するために一定の区間で区切られ、各区間は1本の線でつくられている。架線が切れた場合は、その区間の架線を丸ごと交換する必要があり、復旧に時間がかかる。そこで、取りあえず短い架線を継ぎ足して仮復旧する。
訓練では数人1チームの復旧部隊が現地を訪れ、司令部と連絡を取りつつ作業していく。この区間を停電し、切れた架線の端同士をひもで結んで地上から引っ張って持ち上げる。その後、架線にはしごを掛けて上り、仮架線で切れた端同士を結んでいく。もちろん架線に命綱をつなぎ、位置を変えるたびに命綱を付け替える。まるでとび職が高層ビルで作業をしているようだった。仮復旧までの作業時間は約50分だった。
架線作業といえば、JR西日本が導入したロボット型作業車「零式人機」が思い浮かぶ。危険な作業であるし、ロボットに置き換えたいところだけれど、実際に作業を見ると、架線の結びなど手先を使った作業が多く、ロボットのアームでは難しいと思った。職人技ならではのスピードだったと思う。
●「乗客ファースト」という考え方
「架線断線発生時の復旧訓練」は今年初めて実施された訓練だ。従来は本復旧するまで乗客は車内で待機するか、全線で運休して乗客を避難させるかという選択になっていたという。「駅間に停車した列車からのお客さま救援訓練」がこれにあたる。
しかし本復旧は時間がかかる。だからまず仮復旧して乗客を最寄りの駅に送り届けて、その後に本復旧作業に取りかかる。本復旧より乗客を一番に考える。これは「沿線火災による光ケーブル損傷を想定した接続復旧訓練」も同じ考え方だろう。
「対向列車を用いた救援訓練」も乗客ファーストの考え方だ。列車の真横に列車を並べて救援する。最新型のN700Sはバッテリーを搭載しているため、給電が止まった場合も空調が使えるし、近隣駅までは自走も可能だという。見学できなかったけれども「長時間停電を想定したバッテリー使用によるサービス機器訓練」がこれだ。いくつかの選択肢の中から、救援に最適で、路線全体の運行の支障を最低限にとどめる方策を採る。
「総合事故対応訓練」とは別に、仮復旧、乗客ファーストという事例をもう1つ挙げておこう。
「特許情報プラットフォーム」によると、JR東海は2023年5月23日に、地震発生時にミリ波列車無線によって列車を停止するシステムを出願している。ミリ波列車無線は、従来の漏洩同軸ケーブルによる列車無線を置き換えるシステムで、最大1Gbpsの大容量通信を実現する。すでに東海道新幹線の全線で導入が決まっている。
従来は一定深度の地震を検知した場合、送電を停止して列車を停止させていた。しかし停電後の送電再開は時間がかかる。そこで、一定深度以上の地震を検知した場合、列車無線で緊急地震速報を発報し、送電を継続したまま列車側を緊急停止させる。点検が終わればすぐに復旧できる。これも乗客ファーストの考え方だろう。
訓練といえば、同じことを繰り返して精度を高めていくというイメージがある。しかし、この「総合事故対応訓練」は、新しい技術や手法を導入し、さらに乗客ファーストという考え方を加えた。東海道新幹線は東名阪を結ぶ経済の動線だ。止めてはいけない。止めたらすぐに動かさなくてはいけない。JR東海はそこに「誇り」を持ち「責任」を果たす。そのスピリットをこの訓練からも感じた。
(杉山淳一)
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