
長年の夢だった仕事に就けたのは、Aさんが40代を目前にした春のことでした。学生時代から憧れていたその業界は狭き門で、何度か挑戦しては跳ね返されてきたのです。だからこそ、採用通知を受け取った時の喜びはひとしおでした。提示された3カ月の試用期間で結果を出さなければと、Aさんは気を引き締めていました。
【漫画】「サラリーマンなんて楽勝だと思ってた」怒鳴る社長と耐える先輩の姿に打ちのめされた新入社員
そして出社日当日、Aさんは誰よりも早く出社しオフィスの掃除を率先しておこないました。上司や先輩からの指示はひとつひとつ丁寧にメモを取り、疑問点はその日のうちに解消するよう努めました。新しい知識やスキルを吸収しようと、休憩時間や帰宅後も専門書を読み漁る日々を過ごします。
周囲からの評判も上々で、Aさん自身もこの3カ月間の努力の結果として本採用となることを信じて疑いませんでした。そして試用期間が残り1週間を切ったある日の午後、Aさんは人事部のマネージャーから内線で呼び出されます。
応接室に入るとマネージャーは重い口を開き、Aさんに「本採用はできない」と伝えるのでした。理由は、会社の急激な業績悪化でした。ここ数週間で主要取引先との契約が立て続けに打ち切りとなり、経営陣が新規採用の中止を決定したというのです。
|
|
この理不尽ともいえる決定に、Aさんは従わないといけないのでしょうか。社会保険労務士法人こころ社労士事務所の香川昌彦さんに聞きました。
会社に問われる3つの点とは
ーそもそも試用期間とはどのようなものなのでしょうか
試用期間とは、一般的に会社が新しく採用した社員の能力や勤務態度、職場への適性などを見極め、採用するかどうかを判断するために設ける期間のことです。3カ月といった期間が定められることが多いですが、会社によっては1カ月や6カ月というケースもあります。
ただ「試用期間契約」という特別な契約形態が法律で明確に定められているわけではありません。期間の定めのない雇用契約(無期雇用契約)の中で、「最初の数ヶ月間は双方の適性を見るためのお試し期間とし、もし適性がないと判断された場合には解約できる権利を会社側が留保している状態(解約権留保付労働契約)」と解釈されることが多いです。
労働基準法には「採用後14日間(2週間)以内であれば、解雇予告や解雇予告手当なしに解雇できる」という規定がありますが、これは一般的な会社が設ける数カ月の試用期間とは期間も意味合いも異なります。
|
|
ー本採用の拒否には従わないといけませんか?
必ずしも従わなければならないわけではありません。Aさんのように、ご自身に落ち度がないにも関わらず、会社の業績悪化という一方的な理由で本採用を拒否された場合、その決定が法的に正当なものなのかを検討する必要があります。
試用期間中であっても、会社が本採用を拒否する(つまり解雇する)ためには、「客観的に合理的な理由」があり、かつ「社会通念上相当である」と認められる必要があります。試用期間が終わった後の本採用された従業員を解雇する場合と基本的には同じ考え方です。「試用期間だから簡単に解雇できる」というのは誤解です。
会社側には、「人員削減の必要性」「解雇を回避するための努力を尽くしたか」「解雇手続きの妥当性」といった点が問われます。まずは具体的な理由を書面で要求し、その上で解雇が本当に法的に妥当なものなのか、社労士などの専門家に相談することをおすすめします。
◆香川昌彦(かがわ・まさひこ)社会保険労務士 大阪府茨木市を拠点に「良い職場環境作りの専門家」として活動。ラーメン愛好家としても知られ、「#ラーメン社労士」での投稿が人気。
|
|
(まいどなニュース特約・長澤 芳子)