近藤さん一家 こんにちは、コラムニストのおおしまりえです。
「子どもの3歳までをどう過ごすか」――。第一子の誕生とともにこの問いを抱き、2023年に、千葉県から石川県加賀市にあるわずか10世帯の限界集落「今立町」へ移住した近藤さん一家。
現在は、理想的な子育てに取り組みながら、ご家族で自然体験型の古民家宿「古民家ゆうなぎ」の運営と、乳幼児から小中学生向けの自然学校「かが杜の学び舎ゆうなぎ」の運営、地域コミュニティづくりに取り組んでいます。
現在お子さんは4歳と1歳。上のお子さんはこの地域で2年間暮らしていますが、どのような感性や生きる力がめばえているなと感じるのでしょう。
4本目となる本記事では、夫の裕佑さん、妻のなぎ沙さんのご夫婦に、自然とともにある生活で子育てをすることの、影響について教えていただきました。
◆「畑で育ち、自然から学ぶ」2歳から始まった感性の土台づくり
移住は上のお子さんが2歳の頃だといいますが、2歳となると、好き嫌いや自我が芽生え始めてきている頃です。千葉という都会的な街から、限界集落での生活をすんなり楽しむことができているのでしょうか。
裕佑さん「移住をしたのは、長男が2歳3か月の頃です。この頃って、虫を怖がるって感覚が、まだ子どもには芽生えていません。だからなのか、今の暮らしにはすんなり馴染み、自然の中で遊ぶことが当たり前になっています。僕たちはここでの生活で、子どもには“生きることは循環すること”だという点を学んで欲しいと思っていました。人間が生きるには、他の動植物の命をいただくし、その動植物はまた別のなにかから栄養をもらったりしています。
親の狙い通り、上の子は経験から、食べ物は畑でできるんだってことを知っているし、その食べ物は虫に食い荒らされることもあるし、病気になることも、動物に食べられることもあるってことを知っています。作物を食い荒らす虫ですら、懸命に生き、そして命を繋いでいるってことを理解し始めています。
僕らが大事にしているのは、こうした循環の中に生きていることを知り、『虫もイノシシも、頑張って生きてる仲間なんだ』とリスペクトの気持ちを持つことです。時には駆除が必要な場面もあるけれど、そこにも“命との向き合い方”を学べる機会があります」
なぎ沙さん「ある日、長男が『イノシシが畑を荒らすけど、僕たちはイノシシを食べることもあるよね』ってポロッと言ったんです。その一言にハッとしました。日々の暮らしの中で感じたことが、ちゃんと本人の中に積み重なっているんだなって感じました」
◆自然は子どもを鍛えてくれる、厳しさと優しさのある先生
現在、近藤家では特別な習い事をしているわけではないし、いわゆる座学の勉強に力を入れているわけではありません。ただ、自然の理を生活を通して学ぶことで、子どもはどんどん鍛えられていると感じるようです。
裕佑さん「今の生活では、僕たちが無理やり子どもを鍛えようとしなくても、自然がちゃんと鍛えてくれるんですよね。たとえば、古民家の冬の朝は本当に寒い。でも、そこで遊んだり暮らすことで、寒さに強くなるし、自然の厳しさと向き合う感覚が育ちます。
虫や動物と出会うたびに『これは嫌だ』と感じることもある。でも『嫌い』と『リスペクトしない』は別物。僕はその違いを伝えたいと思っています。たとえばカメムシが大量発生して困っても、一方で『がんばってるなあ』と思える心を育てていきたいんです。
僕はもともと社会科の教員で、20世紀は“発展と衝突”の時代で、21世紀は“循環と調和”の時代だと思っています。だから、3〜5歳くらいの今この時期に、調和や循環の感覚に触れさせておきたかったんです。ホタルの成虫は10日程で死んでしまうが、次の年その子どもたちが現れることや、夏に採ったきゅうりの種をまくと翌年また芽が出ること。そんなサイクルに触れる中で、『自分もこの循環の一部なんだ』と感じてくれると信じています」
◆「教育費より暮らしの体験」それでも豊かに育つ子どもたち
体験から多くのことを学んでいってもらう。そんな教育方針が垣間見えますが、多くの親は、こうした自然の中での生活は、憧れる一方で、金銭面の不安も抱くもの。
現在は自然体験型の古民家宿の運営が主な事業で、加えて裕佑さんは平日の昼間に中学校の支援員の仕事をしているといいます。生活面は、どのように賄っているのか聞きました。
裕佑さん「月の生活費で一番かかるのは、車の維持費とガソリン代です。現在車は2台持ちなので、毎月のガソリン代に車検代と保険代を均等割で乗せると、月5万円くらいかかっていると思います。次にかかるのは、暖房費ですね。古民家だから暖房効率が悪いんです。冬場は灯油とプロパンガスで、月4万円くらいになります。これに水道・光熱費を加えると、5万円を超える月も出ます。
逆にあまりかからないのは、食費と教育費です。食費はゼロではありませんが、畑で取れるものや頂く食材があるので、季節によって差はありますが、食材は約3割程度買わずにまかなえます。教育費は、自然の中で遊ぶのでほぼ無料です。市内の育児サークルに参加したりもしますが、会費は無料もしくは少額で済みます」
裕佑さん「ネックは、現在宿をオープンさせたばかりということもあり、将来のための貯蓄ができていない点ですね。一般的に教育費はこれからかかり、子ども1人あたり成人するまでに、1000万〜2000万円かかると言われていますよね。ただ、今後は少子化が進み、子ども1人当たりにかける公費も、上がるであろうと言われています。実際に、直近では一部自治体で私立高校の授業料の実質無償化が始まりました。僕たちの子どもが成長する頃には、恐らく大学の無償化も始まるのではないかと思っています。
インターネットやAIの発展により教育のあり方は大きく変わると思っています。居住地や経済環境による教育格差は小さくなると考えます。手を伸ばせばどこからでも大抵の知識にはアクセスできるでしょう。逆にこれから出てくるのは“体験”の差だと考えます。こうした未来予測から、教育資金が貯められない点において、そこまで悲観的にはなっていません。今は未来の教育に備えるよりも、『どんな環境で育つか』『人としての感覚をどう磨くか』を優先しています」
◆「限界集落でも、赤ちゃんを育てる安心感」
近藤家は2024年に次男が誕生。限界集落での新たな生命の誕生は、実に35年ぶりだとか。限界集落で赤ちゃんを育てる際は、大変な面などはあったのでしょうか?
なぎ沙さん「実は、思ったほどの不便さや大変さは感じていません。実家が近くないので、困っても頼れないとか、医療機関へのアクセスがやや遠いという点くらいでしょうか。親は気軽に頼れませんが、ここではそれ以上に“人のつながり”の温かさを日々感じます。最初は知らない人ばかりで不安もありましたが、新聞で限界集落での出産が取り上げられたら、それを見たご近所のおばあちゃんが『赤ちゃんが生まれたのね』と声をかけてくれてました。今では、週に何度も通ってくれています。
先日も千葉の友人が1週間くらい手伝いに来てくれました。家族以外に支えられることで、親の手を借りられないといった問題は、クリアしているように思います」
裕佑さん「ここは人口密度が低いからこそ、集落の全員が“関係者”になるような感覚があります。子どもも『町の子』といった感覚が生まれます。街中に出れば同世代の家族ともつながれるので、子育てが『孤独』にはなっていないんじゃないかな」
都会では、子どもの教育費は青天井で、受験戦争がどんどん激化し、その流れは地方にも広がっているとも聞きます。ある種その真逆をいく近藤家の教育環境で育った息子さんたちは、10年後20年後に、どんな感性や個性となっていくのか、個人的にもとても楽しみです。
【近藤裕佑】
赤ちゃんから楽しめる一棟貸しの宿「古民家ゆうなぎ」・自然体験活動団体「かが杜の学び舎ゆうなぎ」代表。自然体験活動指導者や教員としての経験を活かし、「原点教育(人間の古くからの生活や自然に触れ、これからの生き方を考える教育)」を主軸に自然・文化体験活動を提供する。YouTube:@kont_juniorhighschool_societyでは歴史の講義通しての知識面からの原点教育を試みる。
【近藤なぎ沙】
「古民家ゆうなぎ」「かが杜の学び舎ゆうなぎ」副代表。元学童保育支援員。保育士・幼稚園・小学校教諭免許を活かし「つながる子育て」をモットーに、自然・母親・親子がつながる居場所づくりや、「親子向け里山里海ステイ」の受け入れも構想中。木育インストラクター、おもちゃコンサルタントとしても、木のおもちゃの魅力発信や木育活動を行う。
<取材・文/おおしまりえ>
【おおしまりえ】
コラムニスト・恋愛ジャーナリスト・キャリアコンサルタント。「働き方と愛し方を知る者は豊かな人生を送ることができる」をモットーに、女性の働き方と幸せな恋愛を主なテーマに発信を行う。2024年からオンラインの恋愛コーチングサービスも展開中。X:@utena0518