
2021年10月、マーク・ザッカーバーグは自身が経営する会社の名を「Facebook」から「Meta」に変えた。そのときの記者会見で彼が語ったメタバースの未来像は、いまや“黒歴史”に近い。
同社のメタバース部門であるReality Labsは累計で800億ドル(約12兆円)規模の赤字に達したとされており、DisneyやMicrosoftもこぞって関連事業から撤退した。
「メタバース」という単語そのものが、テック業界にとって苦い記憶となった2026年。日本でも、同じ夢の幕引きが、ひっそりと進んでいる。
2026年5月14日、VTuberグループ「ホロライブ」を運営するカバー(東京都港区)は、メタバースプロジェクト「ホロアース」のサービスを6月28日で終了すると発表した。同時に発表された2026年3月期決算では、ホロアース関連ソフトウェア資産の帳簿価額の全額にあたる31億9900万円を減損損失として特別損失に計上した。
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谷郷元昭社長と福田一行CTOは、月額基本報酬の20%×2カ月分を自主返納する。正式リリースから1年あまりでの幕引きである。
●純利益45.7%減――「成長企業」らしからぬ決算
決算の中身は、市場の想定より悪かった。売上高493億3000万円(前年比13.7%増)、営業利益70億5600万円(同11.8%減)、純利益30億1600万円(同45.7%減)。会社予想からの乖離(かいり)率は、純利益でマイナス47.1%に達した。「想定外」が一度に重なった決算である。
利益を削ったのは、ホロアースの32億円の減損だけではない。2023〜24年のVTuber拡大期に積み上がった商品在庫について、通期で約18億円の評価減を計上見込みだ。
要は「売れ残ったグッズの値下げ」だ。VTuber事務所のライバルであるANYCOLOR(東京都港区)でも同種のリスクが顕在化しており、同社も棚卸資産で25億円規模の評価損を計上している。「タレントの人気を見込んで作りすぎた在庫」が、業界全体の決算を圧迫している格好だ。
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VTuber事務所のビジネスモデルは、収益の中心を「スーパーチャット(投げ銭)」から「IPの物販・ライセンス」へと急速にシフトしてきた。ファンの熱量が高いうちに高単価グッズを売り切るほど利益を上げられる。
この勝ちパターンは、需要予測を誤ったりタレントが卒業したりすると、そのまま不良在庫として跳ね返る。スーパーチャットが主要な収益源だった時代にはなかった「製造業的リスク」を、IP企業が抱え込み始めた、というのが2026年の業界の概観である。
●「色々やりすぎた」 ホロアース失敗の構造
ホロアースは、カバーが2025年4月に正式リリースしたメタバースサービスだった。ホロライブのキャラクターやファンが集うバーチャル空間で、ライブも、ゲームも、コミュニケーションも、全てを束ねる、同社の「次の収益柱」になるはずだった。
決算説明会で谷郷社長は、終了の理由として色々な要素を盛り込みすぎたという反省を語った。タレントにとって本業の配信プラットフォームと、新規メタバースが社内で食い合う構造になっていた、という率直な総括である。
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メタバース事業そのものが死んだ、という話ではない。Robloxやフォートナイトといったユーザーが投稿するタイプの仮想空間ゲームは世代を超えたプラットフォームになりつつある。問題は今のカバーには配信アプリとメタバースの両方を並走させる体力がなかったということだ。
●TCG・ライブ・ライセンスという安定成長エンジン
では、Vtuber事務所の成長余地はもはや乏しいのか。決算の細部を見る限りまだ可能性は残されている。
カバーの決算を部門別に確認すると、ライブ・イベント収益が前年比18.7%増、ライセンス・タイアップが同25.3%増、マーチャンダイジングが同15.6%増だった。
インターネット上の活動よりも、人や実物商品が動く「実業」が伸びていることが分かる。なかでも目を引くのが、トレーディングカードゲーム「ホロライブ・オフィシャル・カードゲーム」だ。2026年3月期で売り上げは約72億円、累計2000万パック超を販売したという。新規参入したTCG(トレーディングカードゲーム)として、市場に存在感を示しつつある。
ライバルのANYCOLORも同様に、ライブとコマースが成長をけん引している。2026年4月期通期予想は売上高520億円から540億円、純利益145億〜152億円と上方修正を続けている。
両社が描く成長の青写真は、もはや「VTuberの配信会社」ではなく「IPを軸にした総合エンタメ企業」に近い。
警戒すべきシグナルもある。カバーの事業の柱の1つ「配信・コンテンツ売上」が、前年比2.0%の微減に終わった。その要因は、人気タレントの卒業に伴う活動量の減少と、海外向け関税環境の悪化によるEC売上の伸び悩みだ。
IPの担い手は生身のタレントである以上、卒業・契約満了は避けられない。「個別タレントへの依存」をどう薄めるかは、TCGやライセンス事業の拡大と並ぶ、もう一つの構造的課題である。
●「本業回帰」の決算が示すもの
冒頭のMetaに話を戻す。Reality Labsの赤字を抱え続ける同社がそれでも持ち直せたのは、広告事業という圧倒的な「キャッシュカウ」があるからだ。
逆に言えば、本業の収益力が確立していないままメタバースに突っ込んだ企業は、ほぼ例外なく退場した。
VTuber事務所の成長の道は、決して塞がれていない。むしろ、ホロアース撤退によって、ライブ・グッズ・TCG・海外ライセンスという収益源への集中度は、これから一段と高まる。問題は、市場が望む高い成長率を維持できるかどうかだ。
在庫評価損、タレント卒業、メタバース事業からの撤退。これらが「悪材料の出尽くし」となり、反転攻勢に移れるか。はたまた一時的な反発に過ぎないと受け取られるのか。
判定が下るのは、IP事業の成長がどれだけスピード感を持って積み上がるかを示す、次の通期決算からだろう。カバーが本業の足元を固めながら、どのようにして次の成長ストーリーを打ち出せるか、注目したい。
筆者プロフィール:古田拓也 株式会社X Capital 1級FP技能士
FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックスタートアップにて金融商品取引業者の設立や事業会社向けサービス構築を手がけたのち、広告DX会社を創業。サム・アルトマン氏創立のWorld財団における日本コミュニティスペシャリストを経て株式会社X Capitalへ参画。
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