
「これが会社の方針だから」
「組織の事情や俺の立場も考えてくれ」
「○○部長がそう言ってたから」
「そんなの社会人として常識だろう」
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「じゃあ君が思うとおりにやりなさい、私は知らない」
これらの言葉は、離職者を生む職場の上司が良く口にする言葉だ。一見、組織の規律を守り、経験を伝えているように見えるかもしれない。
しかし、その実態は、部下という一人の人間と向き合うことを放棄した、リーダーシップの「敗北宣言」に他ならない。
厚生労働省の「令和5年雇用動向調査」によれば、離職理由として「職場の人間関係が好ましくなかった」は常に上位に位置する。特に直属の上司との関係は、給与条件以上に個人の去就を左右する決定打となっている。
多くの日本企業において、マネジメントとは「他者を生かす技術」ではなく、単なる「権限の行使」や「責任の回避」へと変質しているのが現実だ。特に市場価値の高い優秀な人材ほど、こうした上司の放つ「負のシグナル」を敏感に察知する。
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彼らにとって、納得感のない指示や保身に走る上司の下で過ごす時間は、自身のキャリア資産を毀損(きそん)させるリスクでしかない。本稿では、なぜこうした致命的な口癖が繰り返されるのか。その深層にある構造的欠陥を浮き彫りにしていきたい。
典型的な口癖が部下に与える印象は、大きく3つに分類される。
●1. 説明責任の放棄による思考停止
「これが会社の方針だから」
この手の言葉は、一見すると組織のルールを説いているようだが、部下にとっては「なぜ(Why)を考えるな」という通告と同じだ。
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仕事の本質は「なぜ(Why)」という問いかけが重要であり、どんなルールにも目的があるはずだ。しかし上司は、その目的を説明しないまま、ただ「ルールだから」と押し付ける。
上司がルールの意図や目的の説明を省いてしまうことは、つまり部下に「なぜそのルールを守らなければならないのか」を理解・納得をしなくても従えというメッセージになる。上司が説明責任を放棄したと受け止めた部下は思考停止に陥っていくか、静かに辞めていく。
●2. 罪悪感の醸成で、部下に上司をケアさせる
「組織の事情や俺の立場も考えてくれ」
これはマネジメントではなく、単なる「感情的な泣きつき」である。
本来、部下の環境を整えるべき上司が、逆に自分のために部下へ配慮を求めている。こうした「罪悪感」を武器にしたコントロールは、部下の心理的エネルギーを消耗させる結果となる。
●3. 安全網を奪う「無責任の宣言」
「○○部長がそう言ってたから」という責任転嫁、あるいは「勝手にやりなさい、私は知らない」という責任放棄。部下にとって上司とは、最後の一線を守ってくれる防波堤であるべきなのに、だ。
しかし危機に際してはしごを外す、あるいは関与を断つ言葉を聞いた瞬間、部下は戦場に一人取り残された孤独感を味わう。守ってくれない司令官のために命を懸ける兵士など、この世には存在しない。
これらの言葉が日常的に飛び交う職場では、優秀な人間から順に「この場所に留まる合理的理由」を失っていくのである。
これらの共通点は、上司からの徹底した「対話の拒絶」というメッセージである。
ここでいう対話とは、単なる情報の伝達や雑談ではない。互いの背景を理解し、価値観をぶつけ合い、そこから新たな合意を形成していく双方向のプロセスを指す。
上司とどれほど頻繁に1on1を行おうとも、上司がこれらの対話の拒絶を感じさせる言葉を発してしまうと、そこに対話は生まれない。
「この人に何を言っても無駄だ」
部下がそう確信したとき、静かに離職の準備が始まるのだ。
なぜ多くのリーダーが「対話の拒絶」という選択をしてしまうのか。そこには、日本企業が抱える根深い構造的欠陥がある。
●「マネジャー失格」の人材が登用されるワケ
最大の要因は、マネジメントを「専門技術」ではなく単なる「役職」と捉える風潮が根強い。プレーヤーしか経験していない人間が、適切な教育もないまま在籍年数がたつか、プレーヤーとしての成績の評価により管理職へ引き上げられる。
彼らにとって、他者の声に耳を傾け、合意形成を図るプロセスは「未知の領域」だ。結果として、プレーヤー時代の経験や成功体験に基づいた「命令」と「強要」に頼らざるを得なくなる。プレイングマネジャーであれば、さらに過剰な負荷を強いられる。余裕を失った上司は、さらに部下と対話できなくなる。
対話を無意識に避ける――その根底にある要因は、自らの正当性が揺らぐことへの「恐怖」だ。
部下と向き合い対話するのは、時間がかかる。そして対話は、時に自らの誤りを認めなければならない場面もある。一方で、部下が納得するかどうかを確認せず、にただ業務指示を出すことは簡単だ。
だからこそ、忙しい上司ほど、部下との対話を省きがちだ。しかし、対話をしないことは部下からすると「人」ではなく「物」として見ているというメッセージにつなががりかねない。
部下の気持ちを直接聞かず、勝手に思い込んだり決めつけたりしていないだろうか。部下を「管理する対象」と見なすのではなく、対等な一人として向き合えているか。
この、あまりに基本的で、最も勇気を要する認識の転換こそが、離職の連鎖を食い止め、崩壊する組織を立て直すための唯一の道なのである。
著者プロフィール:村上 ゆかり
コラムニスト。1児の母。リクルートにて人材業界で法人営業、面接、面談フォロー実績数百件を経験。人事役員などと伴走しさまざまな人事課題に向き合う。広告業界にて5000人集客イベント企画&事務局経験、福祉業界では人事管理職として新卒及び中途採用を1人で設計から実務まで担当し年間約120人採用を達成。国会議員秘書約4年半を経験後、フリーで活動を始め、執筆のほか企業の人事採用コンサルタントなどを手掛ける。アンガーマネジメント講師。
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